第12話_画策_
「匂いがトリガーになっているのか」
額の汗を拭いながら、ドアの向こうを見た。このまま汗をかき続けるのはまずい気がする。もし人間の匂いを追っているなら、俺たちはずっと自分たちの居場所を知らせ続けていることになる。
「エアコンあるよね? 多少の音なら大丈夫でしょ。つけよう」
リモコンを操作すると、しばらくして冷たい風が吹き始めた。
十分ほど経つと室内はかなり過ごしやすくなった。汗も引いてくる。ドアの前に見えていた影も、少しずつ減っているように見えた。
「人の匂いでこいつらは集まるんですね」
バイトAが言う。
「だとしたらどうしましょう。匂いで集まるタイプだったら、ゾンビの血肉を体に塗ってやり過ごすみたいな話は見たことありますけど、この辺にそんな都合のいいものありませんし」
「うん」
仮に今いる連中をうまくやり過ごせたとしても問題は残る。カラオケ店の入口は壊してしまった。ここを出たあとに閉じ込めることはできない。
そうなると走って逃げるしかないが、それもかなり危険だ。
それに気になることがもう一つあった。
「そういえば」
俺はドアを見ながら言った。
「こいつら、ドア開けてこないな」
最初に遭遇した個体は、自分で扉を開けて店の中に入ってきたはずだ。
だが今外にいる連中は、ガラス越しにこちらを探しているような動きをするだけで、ドアノブに手をかけようとする様子がない。
知能に個体差でもあるのだろうか。
もし開けられる個体が混じっていたら、俺たちはとっくに襲われている。今生き残っているのは運が良かっただけかもしれない。
「こいつら、人間以外の匂いにはどう反応するんですかね」
Aが言った。
「俺らより嗅覚が発達してるなら、いろんな匂いが分かりそうなもんですけど」
その言葉を聞いて、少し考える。
もし本当に匂いを頼りに動いているなら。
「一旦エアコン止めよう」
「え?」
「あとハンカチとかティッシュとか、汗拭けるもの持ってる?」
バイトAは一瞬首を傾げたが、すぐに納得したようだった。
「ああ、そういうことですね」
「うん」
「汗を拭いて、人間の匂いを染み込ませたものを囮にする」
「そういうこと」
俺は頷いた。
「それに、こいつらはたぶん仲間を呼ぶ手段も持ってる。フェロモンみたいなものかもしれないし、それ以外かもしれないけど。近くの一体が反応したら、他の連中も引っ張られる可能性がある」
「なるほど」
バイトAも頷く。
「うまくいけば、まとめて別の方向に誘導できるかもしれないですね」
「その隙にコンビニまで走る」
「ですね」
エアコンを止める。
しばらくすると室温が上がり始めた。緊張もあって汗がにじんでくる。
俺たちは黙って汗をかき、それをハンカチに吸わせた。
途中でドアの方を見る。
さっきよりも影が増えていた。
やはり汗をかき始めると集まってくる。
少なくとも、人間の匂いに反応しているという推測は間違っていなさそうだった。
十分に汗を染み込ませたところで再びエアコンをつける。
冷たい風を浴びながら、俺は湿ったハンカチを見下ろした。
この方法が本当に通用するかは分からない。
ただ、今のところ他に良い案もなかった。
「よし」
ハンカチを握り直す。
「準備はできた」
バイトAも静かに頷いた。
あとは実際に試してみるだけだった。




