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第7話 世界の外側みたいな力

 レイがバグ領域を使えるようになってから、数日が経った。


 相変わらず昼間は普通の赤ん坊として過ごし、夜になると一人で能力の実験をする生活を続けている。泣くふりをして体をぶつけたり、わざと転んだりしてレベルを下げることも忘れていない。


 そのおかげか、ステータスのレベルはさらに下がっていた。


 名前:レイ

 職業:ERROR

 レベル:-9

 HP:0 / 0

 MP:0 / 0

 スキル:バグ領域 Lv1


 数値は相変わらずめちゃくちゃだが、体がどんどん強くなっているのははっきり分かる。握力も、足の力も、体の動かしやすさも、普通の赤ん坊とは比べものにならない。


 そして今、レイが一番気になっているのは、やはりスキル《バグ領域》だった。


 前回は積み木を浮かせることができた。重力の処理をおかしくしたのだと考えている。


 なら、他のこともできるのではないか。


 レイはベッドの上に置かれていた布のぬいぐるみを見つめた。母親が作ってくれた、小さな犬のぬいぐるみだ。


 少しだけ罪悪感はあるが、実験にはちょうどいい。


 レイはゆっくりと意識を集中させる。


 部屋の空間をイメージする。自分を中心に、見えない円が広がっていくような感覚。そしてその円の中の“システム”に触れるようなイメージ。


 ――バグ領域、発動。


 視界の端にウィンドウが表示される。


 《スキル:バグ領域 発動》


 空気が少しだけ重くなる、あの独特の感覚が部屋を満たした。


 レイはぬいぐるみをじっと見つめる。


 前回は重力を無視した。今回は別のことを試したい。


 ――当たり判定を消したら、どうなる?


 そんなゲームみたいな発想を思い浮かべながら、レイはぬいぐるみに向かって手を伸ばした。


 そして、そのまま握ろうとする。


 本来なら、ここで手はぬいぐるみに触れて止まるはずだ。


 だが。


 レイの手は、ぬいぐるみに触れたはずなのに、まるでそこに何もないみたいに、そのまますっと通り抜けた。


 布の感触も、綿の感触も、何もない。


 手はぬいぐるみの中を通り抜け、ベッドのシーツに触れて止まった。


「……マジか」


 思わず心の中で呟く。


 ぬいぐるみを持ち上げようとしても、手はすり抜けてしまう。だが、バグ領域を解除すると、今度は普通に触れる。


 もう一度発動する。


 やはり触れない。


 どうやらこれは、“触れる”という判定そのものが消えているらしい。


 レイはしばらく無言でぬいぐるみに手を出したり引っ込めたりを繰り返した。


 重力を無視する。


 当たり判定を消す。


 もしかしたら、他にもいろいろなことができるのではないか。


 例えば、音を消す。光を止める。時間を遅くする。レベルの処理を壊す。スキルの制限を消す。


 そこまで考えて、レイは少しだけ寒気を感じた。


 ――この能力、もしかして何でもできるんじゃないか?


 もし本当にそうだとしたら、自分はこの世界の中の存在ではなく、この世界の外側から干渉しているみたいなものだ。


 ゲームの中のキャラクターではなく、ゲームのデータを直接いじっているプレイヤーみたいなもの。


 そんな存在が、世界の中にいたらどうなるか。


 少なくとも、世界を管理している側――運営が放っておくはずがない。


 レイは天井を見上げながら、小さく息を吐いた。


 強くならなければならない、とは思っていた。


 でもそれは、魔物に勝つとか、剣が強いとか、そういうレベルの話じゃない。


 もっと大きい。


 世界そのものと戦うことになるかもしれない。


 それでも。


 それでもレイは、少しだけ笑った。


 元の世界では、ただの一般人だった。毎日同じことの繰り返しで、特別なことなんて何もなかった。


 でも今は違う。


 世界のルールを壊せる力を持っている。


 運営に消されるかもしれないけど、それでも。


 ――せっかくなら、この世界めちゃくちゃにしてから消えてやる。


 静かな夜の部屋の中で、赤ん坊は誰にも聞こえない声で、そんな物騒なことを考えていた。


 そのときだった。


 突然、視界の端に見慣れないウィンドウが表示された。


 今までのステータスウィンドウとは、少しデザインが違う。


 黒い背景に、白い文字。


 どこか無機質で、冷たい表示。


 そこには、短い文章が表示されていた。


 《監視対象を確認》

 《対象個体:ERROR》

 《経過観察を開始します》


 レイはその文字を見たまま、しばらく動かなかった。


 そしてゆっくりと、目を細める。


 ――やっぱり、見つかったか。

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