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第8話 はじめての外

 レイが生まれてから、どれくらいの時間が経ったのかは正確には分からないが、少なくとも“普通の赤ん坊”としてはあり得ないほどに、体は順調すぎるほど成長していた。


 首はとっくに座り、這うどころか簡単に立ち上がることすらできるし、壁や家具を支えにすれば数歩程度なら歩くこともできる。


 もちろんそんな様子をそのまま見せれば確実に異常だと思われるため、普段は意図的に動きを抑え、あくまで“少し成長が早い子供”程度に見えるように調整していた。


 だがその日、ついにその機会は訪れた。


「レイ、今日は少し外に出てみましょうか」


 母親のエリナが、柔らかく微笑みながらそう言ったのだ。


 レイは内心で少しだけ驚く。


 ――外。


 この家の中だけでもある程度の情報は集めていたが、やはり世界の構造を知るには外に出る必要がある。


 むしろ、ずっとその機会を待っていたと言ってもいい。


「まだ少し早い気もするが……まあ、俺たちの近くなら大丈夫だろう」


 父親のガルドもそう言って、ゆっくりと頷いた。


 その言葉に、レイは赤ん坊らしく小さく手を動かして応える。


 もちろん意味はないが、こういう反応をしておくと“普通の子供”として見てもらえる。


 そうしてレイは、エリナに抱きかかえられながら、家の外へと運ばれていった。


 扉が開く。


 その瞬間、柔らかな風が頬に触れ、外の空気が流れ込んでくる。


 ほんの少しだけ土の匂いが混じった、温かい空気。


 視界が一気に開ける。


 そこに広がっていたのは、見たことのない景色だった。


 石と木でできた家々が並び、土の道が伸び、遠くには畑が広がっている。


 さらにその先には、深い森が広がり、地平線の向こうにはぼんやりと山の影が見えていた。


 そして、人がいる。


 当たり前だが、前世とはまったく違う服装の人々が、荷物を運んだり、会話をしたり、子供が走り回ったりしている。


 完全に、異世界だった。


「こんにちは、エリナ。あら、その子が例の……」


「ええ、うちの子のレイよ」


 近くにいた女性が声をかけてきて、レイを覗き込む。


 レイはその顔をじっと観察する。


 言語は問題なく理解できる。転生時に何かしら補正が入っているのだろう。


 それよりも重要なのは――


 この世界の“普通”を知ることだ。


 レイは周囲の人々、建物、地面、空、すべてを注意深く観察する。


 そして、気づく。


 見た目は現実そのものだ。


 だが、どこか違和感がある。


 例えば、人の動き。


 ほんのわずかだが、動作が“滑らかすぎる”瞬間がある。


 まるでフレーム補完された映像のような、不自然な滑らかさ。


 例えば、風。


 木の葉が揺れるタイミングが、微妙に揃いすぎている。


 完全なランダムではなく、どこか規則性を感じる揺れ方。


 そして何より――


 レイは無意識のうちに、スキルを発動していた。


 《バグ領域 発動》


 ほんのわずか、範囲を広げる。


 すると、世界の“違い”が一気に分かるようになった。


 人の周囲に、薄く光る枠のようなものが見える。


 地面の上にも、見えない線が走っているのが分かる。


 空気の流れさえも、どこか“計算されたもの”のように感じられる。


 ――やっぱりそうだ。


 この世界は、本当に“作られている”。


 感覚的な確信だった。


 現実ではない。


 完全な自由ではない。


 何かしらのルールと処理によって動かされている、システムの集合体。


 そしてその中に、自分という“例外”が存在している。


 そのときだった。


 ふいに、視界の端で何かが動いた気がした。


 レイは反射的にそちらを見る。


 人混みの向こう、少し離れた場所。


 そこに、一人の男が立っていた。


 フードを深く被り、顔はよく見えない。


 だが――目が合った。


 確かに、こちらを見ていた。


 その瞬間、レイの背筋にぞくりとした感覚が走る。


 ただの村人ではない。


 直感がそう告げていた。


 男はゆっくりと視線を外し、そのまま人混みの中へと消えていく。


 それを追うことはできない。


 今のレイは、ただの赤ん坊なのだから。


 だが。


 ――あれ、たぶん運営側だな。


 根拠はない。


 だが確信に近い感覚があった。


 そしてその直後、ウィンドウが表示される。


 《監視レベルを引き上げます》


 短い一文。


 だがそれは、明らかに今までとは違う意味を持っていた。


 ただ見ているだけではない。


 “動き始めた”。


 レイはエリナの腕の中で、静かに目を細める。


 外の世界は広かった。


 そして同時に――


 思っていたよりも、ずっと危険だった。

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