第5話 バグの使い方
運営によってステータスを“修正”された日から、レイは一つの結論にたどり着いていた。
――この世界で生きていくなら、運営より強くならなければならない。
そもそも、いつ削除されてもおかしくない存在なのだ。
普通に生きるという選択肢は、最初から存在していない。
ならばやることは一つしかない。
バグを理解して、利用して、運営でも消せない存在になる。
幸いなことに、運営の修正は完全ではなかった。
レベルは-1まで戻されたものの、ダメージを受けたときに内部で何かの処理が走る感覚は消えていないし、何より思考速度や感覚の鋭さは、明らかに普通の赤ん坊のそれではなかった。
つまり表面の数値だけ直して、中身までは直せていない。
――完全じゃない修正なんて、ただの隙だ。
レイはそう結論づける。
それからというもの、レイは泣くこと、暴れること、転ぶこと、あらゆる“赤ん坊として不自然じゃない行動”を利用して、自分の体に小さなダメージを与え続けた。
ベッドの柵に手をぶつける。
寝返りのふりをして床に落ちる。
少し高いところから転がる。
もちろん普通の赤ん坊なら危険な行為だが、レイは自分が死なないことをすでに理解していた。
そしてそのたびに、ウィンドウの見えないところで、何かが処理される感覚がある。
数日もすると、はっきりと分かるようになった。
体が強くなっている。
手の力が強くなる。
首が早く座る。
寝返りが異常に早くできるようになる。
立つのも、歩くのも、普通の子供より圧倒的に早くなるだろうと確信できるほどに、体の成長速度が異常だった。
「この子、もうこんなに動くの?」
母親――エリナが驚いた声を上げる。
「本当だな……まだこんなに小さいのに、ずいぶん力が強い」
父親――ガルドも、驚いたようにレイの手を見つめていた。
レイは心の中で少しだけ謝る。
ごめん、普通の成長じゃないんだ。
でも、止めるわけにはいかない。
その日の夜、レイがベッドの上で一人になったときだった。
いつものようにステータスウィンドウを開く。
相変わらず数値はまともに表示されない。
名前:レイ
職業:ERROR
レベル:-5
HP:0 / 0
MP:0 / 0
だが、今日はそれだけではなかった。
スキル欄のところに、今までなかった文字が表示されていた。
スキル:バグ領域 Lv1
レイは思わずその文字をじっと見つめる。
スキル。
つまり能力だ。
意識を集中すると、スキルの説明のような文字が表示される。
《バグ領域》
一定範囲内のシステム処理に例外を発生させる
その説明を読んだ瞬間、レイは思わず笑いそうになった。
――なるほど。
――自分だけじゃなく、周りもバグらせられるのか。
静かな夜の部屋の中で、赤ん坊のレイは誰にも気づかれないまま、小さく、しかし確実に笑った。
その笑みは、これから先、自分が何をするのかを決めた人間の顔だった。
――運営が世界を管理しているなら、俺はその世界をバグらせる。




