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第4話 修正パッチ

 レベルが下がるほど強くなる。


 その事実に気づいてからというもの、レイは暇さえあれば、自分の体を使って実験を繰り返していた。


 もちろん、赤ん坊がそんなことをしていれば普通は不自然なのだが、幸いなことに今の自分はまだ寝て泣いてミルクを飲むだけの存在だと思われているらしく、多少手足をぶつけたり、無駄に動き回ったりしても「元気な子ね」で済まされていた。


 そして実験の結果、いくつか分かったことがある。


 まず、ダメージを受けるとレベルが下がること。


 そしてレベルが下がるほど、筋力や思考速度、感覚が明らかに強化されていくこと。


 さらに、一定以上のダメージを受けても、HPが0のままなので死亡判定が発生しないこと。


 つまり自分は、傷つけば傷つくほど強くなる、という完全に意味の分からない存在になっていた。


 ――本当にバグだな。


 内心でそう呟きながら、レイはベッドの上で小さく手を握る。


 最初はほとんど力の入らなかった赤ん坊の手だったが、今では指先にしっかり力が入り、布を掴んで引っ張ることもできるようになっていた。


 成長速度がおかしい。


 普通の赤ん坊なら、こんな短期間でここまで動けるようにはならないはずだ。


 だが、おそらくこれもレベルが下がった影響なのだろうと、レイは半ば納得していた。


 そのときだった。


 突然、視界に表示されていたステータスウィンドウが、バチッという音と共に激しく点滅した。


 画面にノイズが走り、文字が崩れ、見たことのない赤い警告表示が次々と現れる。


 ――警告:想定外の成長速度


 ――警告:レベル計算式に例外発生


 ――警告:存在エラー個体を確認


 そして次の瞬間、画面の中央に大きな文字が表示された。


 《運営よりお知らせ》


 レイは思わず笑いそうになるのを必死にこらえる。


 こんなもの、どう見てもゲームの運営メッセージだ。


 だが問題は、その内容だった。


 《不具合を確認したため、対象個体のステータス補正を行います》


「……補正?」


 嫌な予感しかしない。


 次の瞬間、体の奥に、今まで感じたことのない違和感が走った。


 熱でも痛みでもない、何かが無理やり書き換えられるような、内側から体を触られているような気持ち悪い感覚。


 思わず声にならない声を上げそうになる。


 そして、ウィンドウの数値が書き換わっていく。


 ――レベル:-12 → -1


 ――筋力補正:ERROR → 1


 ――敏捷補正:ERROR → 1


 ――思考補正:ERROR → 1


 どんどん数値が“普通”に戻されていく。


 今まで積み重ねてきたものを、上から消されていくような感覚に、レイは初めてはっきりとした苛立ちを覚えた。


 ――ああ、そういうことか。


 この世界には管理者がいる。


 そしてそいつらは、世界のルールから外れた存在を見つけると、こうして“修正”するのだ。


 つまり自分は今、敵に見つかったということになる。


 すべての数値が書き換えられ、ウィンドウの表示が安定する。


 ――レベル:-1


 ほとんど最初の状態に戻されていた。


 だが、その瞬間だった。


 ウィンドウの右下が、わずかにノイズを走らせる。


 そして、小さな文字が一瞬だけ表示された。


 ――修正処理の一部に失敗


 ――例外領域を確認


 ――権限不足のため完全修正不可


 その文字を見た瞬間、レイは確信した。


 完全には直せていない。


 つまり、自分のバグは運営でも完全には消せない。


 それが分かった瞬間、胸の奥からじわじわと笑いが込み上げてきた。


 声には出せないが、口元がわずかに歪む。


 ――なるほど。


 ――運営も、万能じゃないらしい。


 そのとき、ウィンドウの中央に、もう一度だけメッセージが表示された。


 《対象個体を継続監視します》


 短い一文。


 だがそれは、はっきりとした宣戦布告のように思えた。


 世界の運営と、世界のバグ。


 まだ誰も知らないところで、その戦いは静かに始まったのだった。

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