第三十録 Oh! my God!
時計の音が響き渡る。秒針だけが今この場の現実を繋いでいた。
「あぁ、嫌だ。この世界の人間はみんな理屈を通したがる。……あのひとにそっくりだ。蛙の子は蛙だからかなぁ。作品は創作者を表すものだね。」
この人は一体、何を言っている?作品?世界?……何のことだ。
「理屈ばっかり並べる人間が一番嫌いなんだよ。あのひとを思い出す。……あの女もそうだったなぁ。その点、賽代の家の当主たちはあのひとと違う。見てて気分がイイ。あのひとの作品とは思えないくらい。特に二十九代目!あの子は本当に良かった……!あのひとにすら逆らおうなんて、ほんっとうに痺れちゃう!」
「あのひと、とは?」
そう聞けば姫宮はクスクスと馬鹿にするように笑い出す。
「聞いて如何するの?ただの人間如きの君にはなーんにも出来ないのに?」
「何も出来ずとも、知ることは出来ます。」
「……へぇ、じゃあいいよ。教えてあげる。」
姫宮が口を開け、何かを言おうとする。その瞬間、誰かに耳を塞がれた。
「やめろ。」
耳を塞いだひとを見る……賭さんだ。いつの間に。
「……賭くん、なんで邪魔するの?」
「禁忌に触れた者に健全な若者を関わらせるにはいかないからな。」
「……『健全』?その子が?……如何見たって気が触れてる側じゃないかな?」
『気が触れてる』か……否定は出来ないな。
「それでも、こいつはまだ十八だ。保護すべきだろう。」
「……今の賭くん。あの女にすっごく似てる……気分悪いなぁ。」
「なぁ……お前は何者なんだ?お前は何が見えている?」
賭さんは不機嫌になる姫宮に質問を投げかける。
「急に何?私のこの体は、姫宮百合香。それ以外何もないよ。」
「違う。器のことじゃない。お前自身の話だ。……お前はなんだ?いつも俺を通して誰を見ている?『あの女』は賽代の二十九代目の当主と何か関係があるのか?……お前はいつの人間だ?本当は2000年以上よりも前にこの世に居たんだろう?」
「賭くん、君は何が言いたいの?」
賭さんは確信を持って姫宮にそれを言った。
「お前は、ずっと昔……神代の人間か?」
「分かっていて聞くなんてことほど無粋なものはないよ。」
神代……神々がこの国を統治していたとされる時代。神と人が曖昧だった時代。神話や、物語でしか語られない、時の話。
姫宮百合香の魂は神と人が密接だった時代の人間なのか。
「お前は何故こんなことをしている?」
賭さんは怯むことなく質問を続ける。姫宮はため息を吐いてこう言った。
「……例えばのことだよ。人間の少女を娶った神はその少女だけを愛することは出来ると思う?……出来ないでしょう?だって神なんだから、創造主なんだから、あのひとは……どこまで行っても創作者だったんだ。身勝手で、プライドの高い、高慢な芸術家だったの。結局、自分の作品だけが一番なの。……だからね」
姫宮は先程とは打って変わった笑顔でこう言う。
「あのひとに捨てられたとき思ったの。……あぁ!私の神様!この世界が終わるまでトコトン貴方の邪魔だけをしてあげる!!って……!」
興奮したようなその表情はもう、僕らなんて見えていない。
「私……妾ね!ずうっとあのひとの作品が好きじゃなかったの!始まりと終わりが綺麗なだけの中身が何にもない空ッぽ!だけど、あのひとはそれに拘ってるのが妾、とても赦せなくて!チョットづつ、あのひとに気づかれないように、あのひとが気づいたら暴れるような改変をズットしてきた!今はまだ、100年に一回、この国の人間一人を歪めるくらいだけどね?……彼、失敗に気がついたら納得するまで作っては消して作っては消してを繰り返すの!それでも納得出来ない時は泣きじゃくるの!……本当に、子供みたいでしょう?よく妾にも当たってきて、血が止まんなくなっちゃったときがあったけど気にしないわ!だって彼、優しいの!後でしっかり謝ってくれるし、次はしないって約束してくれる!でも次の日には約束を忘れちゃってたりするけれどね?でも大体、そういう時は妾が彼の機嫌を損なうようなことをしたのか悪いから!たまに彼の機嫌がいい時、彼の作品を見せてもらえるの!彼が夢中になるのが分かるくらい素敵で!とっても、嫌いだった!!……あれ?いや、好きだった!いや嫌いで……彼を奪った作品……いや、彼が作品を奪って……え?きらい、で。違う、好きなのよ。いいや……妾、きらいなの。妾の作品なのに、いや……妾の彼なのに……?」
彼女の言うことがどんどんと支離滅裂になっていく。……誰かが言っていた『神に捨てられた』の意味がようやく分かってきた。
……神に近づき過ぎたんだ。そして狂ってしまった。自己を保てないほどに。
「だから妾!彼の作品の であるこの世界をとても憎んでて!イヤ、違う!愛してるの!……そんなことどうだってよくて!えっと、妾は……!」
「……姫宮百合香!!」
彼女の様子に耐えられなくなった賭さんは、彼女の今の名を呼んだ。
彼女の肩がびくりと震え、言葉が止まる。彼女の目が現実に、合わさってきた。
「……っ妾は、私は……あのひとに目にもの見せてやるためにここにいるんだ。……今日は、気分が悪いから帰るよ。またね、賭くん、胤くん。」
彼女は急ぎ足で書庫を出ていく。残されたのは……賭さんと僕だけだった。




