第二十九録 神が捨てた少女は如何に
神霊の気配は彼女のご登場と共にとっくのとうに消え去っていた。
「……君の一番大切なものは契約霊の淡井叶子。そして、淡井叶子は人の身体を持たない霊。『人と霊の悲恋物語』……なんて、なんてつまらない!そんなのつまらないよ!こんなの何回も擦り付けられて消費されてきたレーベル以外の何者でもない!ただの人間の想像した架空の話でしかない!こんな創作者の自慰行為なんて見せられるこっちの気持ちにもなってよ!!こんなの二流の脚本だよ!だって……」
彼女は意味の分からないことを捲し立てた後、賭さんの頬を掴み上に向けさせる。
「『賽代家の当主』はもっと惨めで、可哀想で、無謀で、それでも勇敢な……女神に気に入られるような愚者でなくちゃいけないんだから!!……ねえ、賭くん。今の君のカオは……すっごくイイよ。最ッ高!!」
「お前は一体、何を言って……」
「あぁ……♡本当に君は、君のひいお爺様の若い頃にそっくり……あの女の血なんて感じさせないくらい!!やっと、やっと……!その顔を絶望に歪ませられることが出来るなんて!」
そう言って彼女は不快なほど喜びに満ちた声色で話す。
そこで『夢』が途切れた。
【朝】
目が覚めた。嫌な予感が的中した。姫宮が僕に協力した理由は『自分が介入して改変した物語を誰かに自慢したかった』から。
なんて身勝手で傲慢なんだ。
急いで記録書庫に向かう。きっとあそこで彼女は待っているはず。
【記録書庫にて】
まだ日は登りきっていなくて少し暗い。だけど、書庫の扉の隙間から光が漏れ出ていた。
扉を思いっきり乱暴に開ける。その音で中にいたであろうひとが驚いた声をあげた。
「うわっ!?……惟芽君?どうしたの?……顔色が随分と悪いけど……」
「……、澄?」
中にいたのは姫宮でも、賭さんでも、金扇さんでもない。高田澄だった。
「……あぁ、えっと……三か月ぶりだね。」
気まずそうに澄はそう言った。目が泳いでいる。
「何、してるの?」
「ちょっと、調べ物?をしてて……。」
「淡井叶子の記録を持って?」
澄の手には人魚の記録があった。しばらく持ち出してたんだろう。……通りで見つからないと思った。
「こっ、これは!……返しに来ただけで、他のを調べに……!」
「半分本当で半分嘘でしょ。君、姫宮百合香に何吹き込まれた?」
澄の動きが止まる。……どうやら諦めたようだった。
「あの子、姫宮百合香って言うんだ……ユリよりもベラドンナの方が似合いそうだったけど。」
「アレは『あの子』って言うよりも若くないよ。身体を入れ替えているだけで、中身は2000年以上生きている。身体を変えるたびに名前も変えているんだ。」
「へぇ、それって自己定義が曖昧になりそう。」
澄は呑気にそう言う。何がしたいんだ。
「アレは事故みたいなものだからね。もう自己はないよ。澄、君はアレになんて言われたの?」
「……『私に協力してくれたのなら、君の目的に手を貸してあげる』、そう言われた。内容は、淡井叶子の記録を一時的に書庫から持ち出して、合図が出たら返すだけ。拍子抜けするほどに単純なもの。」
全ては、改変した物語をよく見せるために。……性格が悪いな。
「澄、君の目的って?」
「……惟芽君。隠し事は秘めた方が叶いやすいんだ。特に、その本人にはね。だからね、君に教える願いはないよ。」
澄は人差し指を口元に当ててそう言う。彼は本棚に記録を置くと僕の横を通って書庫を出て行った。
「……惟芽君。君の目的は、僕が絶対に止めてみせるから。」
そうすれ違い様の土産を置いて言って。
姫宮百合香に利用されている人間はどうやら僕だけではないらしい。きっと澄も利用されていることが分かっている。けれど、澄はそれを逆に利用しようとしているんだろう。
つくづく、賽代すごろに似てきたな。
「いやぁ!澄くんは面白いね!……本人の無意識下でどんどんとすごろちゃんに近づいてる!」
後ろから声が聞こえた。案の定、そこに居たのは、
「姫宮、百合香……」
「久しぶりだねぇ、胤くん!三日間の夢見はどうだった?叶子ちゃんの目的、分かったかな?」
あんなことをしでかしておいて、よくものうのうと顔を出せる。きっと、姫宮百合香にはどこまで行っても『人』が分からないんだろう。
「……分かりません。」
「あれぇ?ここまで見ておいて?……私は君を聡い子だと思っていたけれど、案外鈍かったのかなぁ?」
がっかりしたような声で姫宮はそう吐き捨てた。
「いいえ、僕が分からないのは貴方だ。姫宮百合香……いや紫藤純恋。」
けれど、それは酷い勘違いだ。
「……君は何が言いたいの?」
姫宮は貼り付けたような笑みを浮かべる。
「あのとき、あの場で貴方が姿を現した理由が分からない。きっと、初めの予定はあの場で神霊が賭さんに致命傷を負わせ、不死の特性をあの場で理解させることだった。なのに、貴方はそれを変更して神霊を打ち壊し、賭さんの前に出てきてあの言葉を言った。物語を改変したんだ。……貴方は何がしたかったんですか?」
紫藤純恋の初めの目的は、賽代賭……いや『賽代家の当主が絶望する姿を見ること』だ。あの場で己が出てくることは、彼女にとって悪手だったはず。
姫宮は僕の話を聞いた途端にその表情から感情が抜け落ちた。
「……どうやら私の思い違いだったねぇ。惟芽胤くん、君は存外鈍い子だ。……聞いてイイことと悪いことも分からないみたい。」
「それは貴方も同じですね。」
理解したいとは思わない。ただ納得できないだけだ。この神に捨てられた人間がどうやって生きているのか。




