第二十七録 優しい鼻歌
【第二夢】
「……道具?拳で充分だろうに……。」
「お前の能力の特性が詳しく分からない以上、下手なことは出来ないのです。大人しく選びなさいな。」
霊装の確認が終わり、次は道具の選定いうところだった。
賭さんは道具を使うことに必要性を感じていない様に見える。
「……母様、能力は自分で理解を出来ています。ほら、」
そう言って賭さんは近くのナイフを取り、自身の手に刺した。かなり深く貫通する様に。
それを引き抜けば、傷口はみるみるうちに塞がっていく。
「自動回復……いや『修復』か、これが特性です。」
「それだけだとは限らないでしょう。それに、傷が治せども攻撃の手段がなければいずれは倒れるのです。道具は選びなさい。」
賭さんは不満そうな顔をして、手に持っていたナイフを見つめて言った。
「じゃあこれにします。」
「しっかり考えてから……と言っても無駄なのでしょうね。本当に誰に似たのやら。」
ため息を吐く母親から目を逸らすようにそっぽを向く賭さん。その様子を見て、急に視点が変わった。
薄暗い夜道のようだった。
(記憶は切り取られているのか……これだと姫宮百合香の思う壺だ……。)
霊装状態を解いている賭さんに淡井叶子が連れ添うように歩いている。不意に、誰かに賭さんが呼び止められた。
「すみません。ちょっと君、お話いいかな?こんな時間に一人で何してるの?」
見ると二人の警察官。……夜に活動するときは僕もよく話しかけられたな。未成年だからというのも相まって頻度が多かった。
『一人』……この人は視えないのか。
「……用事があった。」
「なんの用事?習い事とか?」
若い警察官の人がそう続けて質問した。すると賭さんは周囲に人がいないことを確認して落ち着いて話す。
「……任務。俺は対悪霊無力化及び霊研究連盟・燐、薊部隊所属の賽代だ。とっとと切り上げてくれると助かるのだが。」
「はぁ?君、何言って……」
賭さんの言葉を意味が分からないというように若い警察官は声をだす。すると、もう片方の先輩らしき人に肩を引かれて言葉を止めた。
「おい、やめとけ。もういい。」
先輩警察官の方は賭さんに向き直り謝罪を述べる。
「お邪魔してしまい申し訳ない。……こいつはまだ、此処に配属されたばかりで拙いことが多いのです。後で指導しておきます。」
「いや、いい。俺の方こそ紛らわしい真似をした。お互い様だ。」
彼は賭さんの言葉を聞いた後、一瞬だけ淡井叶子の顔を見た。
「……お心遣い感謝します。」
ああ、こっちは視える側の人か。
頭を下げる警察官達を諌めながら賭さんはその場を去っていく。歩いてしばらくすると、さっきまで黙っていた彼女が聞いてきた。
「どうして、あの人急に謝ったの?」
「……燐の本部近くの警察の者には、燐の存在が秘密裏に共有されていることが多い。謝罪をした方はきっと前から此処らにいたから燐の存在を知っていたんだろう。」
「へぇ……ふふっ、良かったぁ。」
その事を聞くと彼女は安心したようにため息を吐く。それが不思議だったのか賭さんは彼女に不審な顔をした。
「……何がだ?」
「もし燐が知られていなかったら、賭が警察の人に怒られちゃうのかなって思ったから。賭は何も悪い事はしていないし、逆に皆んなの為にいい事をしているのに……って。賭は優しいのになぁって。」
そう笑う彼女の顔には嘘や媚びなんて一切なくて心からの言葉だと分かってしまう。
「……そうか。」
賭さんもそれが分かったのか、困惑する内情を押し込めるように彼女から顔を逸らした。けれど、その表情は少しだけむずがゆいような気持ちがあるように見える。
……淡井叶子のこうした、小さな言動の積み重ねが彼を溺れさせたのではと思わずにはいられないほど。賭さん達の関係は少しずつ変わっていった。
また視点が切り替わる……今度は燐の本部。
少し背が高くなった賭さんと、何も変わっていない淡井叶子がいた。
「二十歳おめでとう、賭。賽代家の当主になった感想はどう?」
「何も変わったことはないな。強いて言えば、これから増えるだろう仕事の量だけが心配だ。」
いつもと変わらない態度の賭さんと、いつもより嬉しそうな彼女の違いがなんだか微笑ましく視えてしまう。
「歳をとるってことは生きているってこと。……それって、とっても素晴らしいことなんだよ?」
そう話す彼女を賭さんは静かに見つめた。
「叶子、霊がそれを言うんだな。」
そして、少し驚いたようにそう言う。彼女は賭さんの様子を見て困っように笑いながら言い返した。
「私だからだよ。……賭は頭が固いんだから。賭にいいことがあると私も嬉しいの!」
「……そうか。」
そう言う彼女を見て賭さんは、普段の笑みとは違う、柔らかい笑みを浮かべていた。
「……最低でも後四年……か。……もうとっくに離れる気は起きないな。」
「ん?何が?」
「なんでもない。こちらの話だ。」
また視点が変わる。今度は賭さんの部屋……と言っても執務室だけど。
「……はぁ。」
「随分とお疲れ様だね、賭。」
椅子に腰をかけたまま天を仰ぐ賭さんに、彼女はそう声をかける。
「当主になってからというもの、霞隊の報告書をいっぺんに確認しなければいけなくなったからな……流石に手が回らない。無理矢理にでも回すがな。」
そういえば、霞隊は賽代家の管轄だったっけ……霞隊の任務は事前調査とかのシンプルなものが主だけど、数が多いから捌くのにかなり体力を使いそうだ。
「……こんなくたびれた奴の近くにいると気が滅入るだろう。……少しくらいは出掛けたらどうだ?」
「賭は私のことをよく気遣うね……私はこれが良いからここにいるんだよ!」
「全く分かってない!」と彼女は賭さんの方を見る。賭さんは彼女の言葉を不思議そうに聞いていた。
「……俺がただ無言で紙切れを見ているだけの光景だぞ?なんの面白みもない……」
「賭が居る空間だから良いの!私にとってはそれだけで楽しいから!」
彼女の気迫に押されたのか賭さんは観念したように息を吐いた。
「分かった……それで良いなら好きにしろ。」
そう言った賭さんは未だに残っている山積みの報告書にまた目を移す。疲れのせいかは知らないが、あまり身が入っていないようだった。
部屋の中では嬉しそうな彼女の優しい鼻歌と紙のめくる音だけが聞こえていた。
その鼻歌にはやっぱり聞き覚えがあった。




