第二十六録 青い魔性に賭けて仕舞えば
【第一夢】
目の前に広がるのは、今とあまり変わらない燐の風景だった。
(この、景色は……研究室近くの廊下かな。)
辺りを見回しながらそう考えていると、
「お待ち下さいっ!!賭様っ!!?」
急に大きな声が聞こえた。
突然のことに唖然としていると、一人の人がこっちに向かって来る。
『……! ぶつか……る?』
そう思って身構えれば、ぶつかる感覚はなくて……まるでこちらは透明みたいにすり抜けた。
すり抜けた人を見てみると見覚えのある顔……当時の賭さんだった。薊に加入した時のことだから……恐らく十四歳のときだろう。
十四歳の賭さんが振り向いて、追いかけて来ていた研究室の人たちに話し出す。
「……そもそも! 契約霊制度が発足されてからの約150年間、賽代の家の者には霊契約の適性は認められていない!!なら、 俺の検査にわざわざそんな人員を割くよりももっと意義があることに使え!!」
「例外が出てくるかもしれないから検査をするのです!もしかしたら、賭様には適性があるかもしれないでしょう?」
「ハッ……たらればの話は信じてられんな。大人しく俺を蛇籠の間か、忠犬の間にでも入れておけばいいものを。」
賭さんは研究員の人の言葉を鼻で笑い飛ばした。
なんとも可愛げのない。まぁ、でも十四歳。思春期だから仕方ないのか……?
「……正直に申し上げますと……そのような態度の貴方をそう易々と蛇籠の間に入れるのは研究員として嫌ですし、忠犬の間に入れることさえも憚られるのです……!」
「安心しろ、お前らより俺ははるかに優秀だ。有象無象の集まりを上手く引っ張ってやる。」
「っだから、嫌なんだよ……!てか、有象無象じゃねぇ!」
……うわぁ、嫌なタイプの子供だ。でもなんだろうな……すごくしっくりくる。間違いなく賭さんだ。
あまりにイライラしすぎて研究員の人が敬語を忘れているけど……。
「ハハハッ! 口調が崩れているぞ! そもそも、自分の歳より下の子供に敬語を使うことがおかしいんだ! その方が俺も気に入った! それじゃあ、鬼ごっこ継続だ!」
「あっ!?ちょっ、待て! クソガキぃ!!」
「待てと言って待つ馬鹿が何処にいる!」
……周りを巻き込んで引っ掻き回す才能は、あまり変わっていない。
けれど……どことなく、こちらの方が楽しそうに見える。
そう思って鬼ごっこの様子を眺めていると、いつのまにか知らない女性がその場に立っていた。
……なんとなく、賽代さんと賭さんに似ている。
「……賭! 一体、何をしているのです?」
その女性の一声で賭さんの肩がびくりと揺れた。こちらを振り向いた彼はかなり動揺している。
「か、母様……?え、えっと、これは……」
「『これは』なんですか?……適正検査を抜け出して遊びに興じている『言い訳』がお前にあるのなら聞いてやりましょう。」
賭さんは黙って目を泳がせている。……よほど、母親に逆らえないのか。
何も言わない賭さんに痺れを切らしたのか、研究員の人が話始めた。
「……『ここ150年間出てきてもないものわざわざ大袈裟に検査をするのは馬鹿の無能がすることだ』と賭様は言っておりました。」
「あっ!? おい勝手に……!」
……少し言葉を盛ったな。しかもちょっと悪い方向に。
「……ほう?」
「母様!!……おれ……じゃなくて、私としてはほとんどないに等しいものを調べる意義はあるのかと苦言を呈していただけでして……!!決して!母様を含む研究員を馬鹿にした訳では……」
賭さん、母親相手だと珍しく敬語になるんだ……少し親近感。
それにしてもあまりに焦りすぎでは?
そう思っていると賭さんの方を母親が掴む。
「賭。検査をしましょうか?直ぐに終わりますから、ね?」
まぁ、この方も圧が強いから仕方ないのかもしれない。
「……っはい、母様……。」
一般的に母親というものは子に対して強いらしい。そう、まざまざと分かった。
「……なんで、俺が……。」
「何か文句でも?」
「いえ、ありません。文句だなんて滅相もない。」
連れて行かれている時、賭さんは何やら不満があるようだったが、母に睨まれたことで直ぐに姿勢を正した。
「……お前は理屈をつらつらと並べていましたが、結局は針が怖いだけでしょう。昔から、分かりやすく痛みが想像出来るものに怖がるのですから。……その癖、無謀な勇気だけはある。貴方の父とそっくりですね。」
「うぐっ……別に、針が怖い訳では……それに、父様はただの無謀じゃない。」
「いいえ、無謀ですよ。あのひとは。……だからこそ、勇敢だったのですがね。本当に、女神が好みそうな馬鹿でした。」
賭さんの父……賽代の前当主の話はあまり聞いたことがない。聞いたことがあるのが精々、『契約霊召喚システムの開発に貢献した』という噂くらいだ。
どんなひとだったんだろう。きっと、二人の話振りからすると賭さんと凄く似ているんだろうな。
「ほら、着きましたよ。賭、早く準備なさい。」
「うっ……。」
ここまで来て、躊躇いがある賭さんを見て、彼女は『わざとらしく』ため息を吐く。見れば、研究室の中で待機していた女の子の手をとっていた。
……あれは、賽代さんか?
「はぁ、残念ですねぇ。兄の勇敢なところを妹であるすごろにも見せて差し上げたかったのに……!しょうがない、帰りましょうか?ねぇ、すご……」
「母様、何をちんたらしてらっしゃるんですか?早く検査を。」
「……調子の良い奴ですね。お前は。」
賭さんは妹の名前を聞いた瞬間に真っ先に走りして、お行儀よく座っている。
……この時からシスコンは健在なのか。
「お前が途中で抜け出した所為で準備が中断されたのです。終わるまでそこで好きにしてなさい。」
「はい!……すごろ〜、あーかわいい。吸ってもいいか?」
「ぃや!」
「そっかぁ〜!嫌か〜!本日、百七十五回目だなー」
……シスコン具合がブレないなぁ。なんなら年齢が幼い分こっちの方が気持ち悪さが増している。
この頃の賽代さんは四、五歳くらいか?……ってことはあと十五年くらいで……いや、考えてもしょうがないな。
「……賭、準備が整いました……って何をしているんですか?」
気がつけば、賭さんは妹の頭に顔を埋めて匂いを嗅いでいた。……何してるんだこの人。
「……すぅーーーっ、はぁ……充電しています。あと五時間ほどこのままで。」
「にぃに、きも。」
「今、『にぃに』って言った!!聞いてましたか母様!!!?にぃにって呼んでくれた!!!もう一生嫁に出さない!!」
興奮を隠さずに大声で荒ぶる賭さん。……いくら十四歳と言えど擁護できるか怪しいくらいにきもい。
「……一瞬だけ、貴方のことを本当に自分の息子かどうか疑いました。……残念なことに生んだ記憶があります。」
「……ん?何か言いました?」
「……無謀を生んだ覚えはあれど、阿呆を生んだ覚えはないのですがね。お前、検査のことを忘れたとは言わせませんよ。」
呆れたような顔で見つめられていても賭さんは気に求めていないようで、そういうところも今と変わっていないように思える。
「ふっ、……忘れている訳がないでしょう。おれ……私が誰だと思っているんです?」
「無謀で馬鹿の阿呆です。」
「それが親の言うことか?」
「さぁ、さっさと検査を始めますよ。とっとと腕出しなさいな。」
「あのー、母様?スルーしないでもらってもよろしいですか?」
「さ!やりますよー!一、二、三!」
「ちょっ!!!?」
やけにゴリ押しで進められた賭さんの検査の結果は……、
「何が、『ないに等しい』でしたっけ?賭?」
「……うそだろ、」
『賽代賭 (さいだい・かける)
霊核穿刺検査……《適正・有》』
「さぁ、次は仮契約に進みますよ!」
初めて見た反応に喜色を隠しきれない母とは対照に賭さんの肩がわなわなと震えている。
「……俺は認めない!!」
「お前は認めずとも母は認めます。」
「クソォッ!!!」
「では、次へ行きましょう!霞隊と隼の準備をお願いしまーす!」
賭さんの叫びは虚しく、着実と準備は進んでいく。
迫り来る仮契約に逃れかれなくなった賭さんは苦虫を噛み潰したような顔で母親に言った。
「母様、賭けをしましょう……!」
「一体、何を賭けるのです?」
「俺の仮契約後の契約期間です。俺が勝ったら最短で半月、最長でも契約期間は二年でお願いします。」
「……いいでしょう。その賭け、受けさせてもらいます。では私が勝ったら貴方の契約期間は最低でも十年です。」
十年、そう聞いた途端に賭さんの顔色が変わる。
「十年!?……チッ、長すぎる。」
「おや、諦めますか?今、投げてしまってもいいのですよ。どうせ契約することには変わりないので。」
「……上等です。」
(賽代さんもそういう賭けにはよく乗る人だったな……そして、毎回勝っていた。)
ハイリスクを知ってでなお、勝負を受ける賭さんを見てそう思った。
やっぱり、兄妹なんだと。
「……っ負けた……っ!!」
けれど、そこは母親の功。賭さんに勝ち目はなかったようだ。
「……本当に父にそっくりな無謀さですね。ほら、早く仮契約に行きなさいな。準備はもう整っているのですから。」
「……チッ。」
「ほら、舌打ちしない。お行儀が悪いですよ。」
一抹の悔しさを抱えながら、賭さんは陣の中に入っていく……もう既に刃物は用意されているようだ。
頭髪を引き抜いて、手の甲に傷をつけ、血を溜める。燐の中では見慣れた光景。
ただ少し違うのはそこにいるのか賽代家、しかも時期当主であることだけ。
溜まった血が幾何学的な模様を描き、発光する。あまりの眩しさに賭さんは目を閉じてしまった。
次に賭さんが目を開けた時、目の前にいたのは一人の女性だった。
青い長い髪に、白いワンピースを着た女性。
……ああ、やっぱり。
『貴方だったんですね。人魚は。』
そう思わず声を出した。すると、彼女はその声が聞こえたかのようにほんの一瞬だけこちらを見た気がした。
賭さんに振り向いて彼女は名乗る。
「初めまして。私、淡井叶子って言います。私の契約者さん……だよね?貴方のお名前は?」
柔らかな笑顔で彼女は賭さんに手を差し出す。あまりに毒気のない彼女に賭さんは先程の賭けのことなど忘れたのか自然と彼女の手をとっていた。
「賽代、賭……。」
「……うん、よろしくね! 賭!」
そう明るく笑う彼女の声は、人を惑わすようなまさに人魚のような声をしていた。まさに、命を賭けてでも良いと思わせるような魔性の声。
彼女の柔らかな金色の瞳は間違いなく賭さんを見つめていた。




