第二十五録 姫宮百合香のイリュージョン
【記録書庫】
紙媒体を保管しているからか、記録書庫はあまり日が当たらない。だからほんのり薄暗い。
「……見えづらいな。」
『照明つけろよ』と思うかもしれない。だけど僕は日中に部屋や建物内の照明をつけるのが憚られる気がする人間だから付けない。
「確かここの棚の……あれ、ない。」
賭さんの記録がなくなってる。なんで。確かに前はここにあったはず。間違いない、一度読んだ後に僕自身もここに戻した。なら、
「……なんで」
「――なんだか困っているみたいだね?胤くん♪」
不意に横から話しかけられた。しかも耳元で。
振り向くとそこにいたのは同じくらいの歳に見える女性。
不快なくらいに耳につく猫撫で声のその人はどうやったって見覚えがあった。
「姫宮、百合香……。」
僕が燐に戻って来てからずっと避け続けていた人だ。
「だ〜いせいかーい!! ハイパー可愛い乙女の姫宮百合香ちゃんです!久しぶりだねぇ。惟芽胤くん♡」
彼女は甘ったるい、ざらついた声で僕の名前を呼ぶ。
「な、なん……で……。」
「うーん、『なんで』って言われてもー?気分っていうかぁ、勘っていうかぁ?ほら、同い年のよしみ?あぁ!見て見てー!可愛いでしょ?コレ君の学校の制服なの!」
狼狽えていると、今度は後ろから声がする。いつのまにか彼女は移動していたようだ。
……同い年なのはその器だけで本当に年齢が同じなわけがないだろうに。
だって、姫宮百合香は2000年間もの間、空っぽの身体に自身の魂を移し替えて生き長らえているのだから。
「おーい、もしかしてこーんな可愛い子が近くにいて緊張してるのかなー?え〜!ウブで可愛い♪私で良かったら君の童貞♡貰っちゃおっか?丁度、今の私の身体は同じくらいの未通の女の子だしね♪」
そう、下世話な話をしながら姫宮は僕に手を伸ばす。
「……っ触らないでください。」
反射的に手をはたき落としたつもりだが、その手には触れた感覚はしなかった。
「え〜ん、つれないなぁ。それとも、もうその歳で不能なの?難儀だねぇ。」
見ると姫宮は、平気そうにヘラヘラとしている。
「……低俗な話題はあまり。興味がないので」
二度とその下品な口を開いてくれるなよ。不快だ。
「んー、……どちらかと言えば、君は『怖い』んだよね?女性が。だって、――昔のコト♡思い出してしまうから、ね?」
「……っ、……分かっているなら、黙っていてください。」
ああ、本当に性格が悪い。今まで見て来た人間の中で性根が最も捻じ曲がっている。
「え〜、もっとお話ししたいなぁ? だぁって最近、賭くんが構ってくれないから暇なんだもん! ちょっとくらい相手してくれてもいいのにねぇ……ああ、そういえば賭くんの記録を探しているんだよね?どこにあるか教えてあげてもいいよ?」
「……何処ですか?」
正直、気乗りはしないけど……今現在、賭さんに一番関わっているのは澄を除いてこの人だけだ。
背に腹は変えられない。
「賭くんの記録は……天威振矢が所有しているね! 元々、この時期は賭くんの定期健診の時期で記録は天威家が特別に保管することになっているし……それに、振矢くんは出戻った君を警戒しているから、ね?」
「……それは、困ったな……」
賭さんの呪いについて詳しく調べたかったのに。これだと、あの不思議な夢に何日も悩まさせることになる。
「おや?そぉんなに賭くんついてが知りたかったの?それなら、協力してあげれるよ? なんてったって私は賭くんのことよ〜く知ってるんだからね!」
『協力』……この人がこれを持ちかけるなんて絶対にろくなことじゃない。けど、現状で頼れるのは姫宮百合香この人だ。
「……一体、何が目的ですか?」
「目的なんてそんな! ……暇つぶしだよ。たぁだ、お気に入りの玩具で遊びたいだけ♪」
「……賭さんが可哀想に見えてなりませんね。」
こんな倫理と思想の捻じ曲がった化け物に目をつけられてしまうなんて。
「アハッ! 大丈夫だよ! だってまだ壊しはしないから!……ああ、賭くん……一体どんな顔するのかなぁ……! 楽しみだなぁ。きっとぉ、自分の呪いの全貌を知った時以上の顔を見せてくれるよね♡」
ああ、燐の人間がこぞってこの人に関わりたがらないのがまざまざと分かる。
「はぁ……♡ホント、想像するだけでゾクゾクきちゃう……♡あの、綺麗なおカオがどうしようもない絶望で歪むんだよ?はぁーっ、清廉な乙女が考えただけでイッちゃいそぉ……♡」
そう耳が腐りそうなほど色に塗れた声で下品な言葉を重ねながら彼女は自身の下腹部に手を当てた。
「……歪んだ屍の老害が……品位を疑いますね。」
「……、…………ちょっと! 乙女にそういうこと言っちゃダメなんだぞ!」
一瞬、反応が遅れたように姫宮が無表情になる。だがすぐに的外れな反論をした。
……姫宮百合香という人間の全てが不快で仕方ない。
けれど、本人はあまつさせ、それがまともだと思っているから救えない。
なのに彼女を燐から追い出せていない理由は……
「私の術で君に賭くんの記憶を見せてあげる! 安心して? 君の身体のキャパシティに合わせて調整してあげるから♪」
彼女があまりに優秀な術者だからに違いない。
姫宮百合香。元・時雨所属。式を使わない術者。限りなく不死に近しい化け物。
異常なまでに賽代賭に執着している。生きた屍。
一度だけ、たった一度だけ名前も思い出せない誰かが言っていた。彼女は『神に捨てられた人間』だと。
……彼女を目の前にすると、その言葉が妙に頭から離れない。
「制限回数は三回。一度目は、賭くんが薊に加入した時の記憶。二度目は賭くんと契約霊である叶子ちゃんがどのような関係だったのか。三度目は……賭くんの呪いについての記憶。そして、記憶は夢として反映される。君自身は夢に干渉出来ないよ。……大体、分かったかな?」
「……はい。……ありがとうございます。」
「君は、私にも礼を言うんだね……不思議だ。」
たとえ、誰であろうとも礼をするべき時は礼をする。それは普通のことだろう。
「……いいや、なんでもない。それじゃあね、惟芽胤くん。今日から三日間、いい夢を。」
そう言って彼女が指を鳴らせば、耳に音が響いて眩暈がした。気がつけば彼女はいなくなっていて、記録書庫には僕だけが取り残されていた。




