第二十四録 呪い
コポコポと泡の音が耳を満たす。
目の前に広がるのは青、碧、アオ。
暗い海の底の色が俺の目の前には広がって、どんどんと底に引っ張られていく。知っている。これは夢だと。
だって、俺の手を掴むその手の主はもう居ないはずだから。
「…………賭、あいしてる。ねぇ、だから――」
ああ、またこの夢だ。いっその事、こっちが現実なら良かったのに。このまま、彼女と共に海の底で死んでしまえたら良かったんだ。
「……あぁ……クソが。」
目が覚めた。気分は最悪だ。昨日は散々姫宮に振り回された。……澄は最近は気になることがあるらしいからあまり不用意に関わっていない。
身なりをある程度整えて研究室に向かう。燐が解体した後の研究室は殆ど俺の第二の部屋のように扱われている。たまに振矢や澄が入ってくるが……
「……チッ。まだ生きてんのか。」
今日は先に先客がいたようで顔が合うや否や舌打ちをかまされた。
「今何つったか?金扇、もっぺん言ってみろ。」
金扇はため息を吐いて、仕方なそうな素振りをする。
「死ねぇ!クソ屍野郎!!」
「おいさっきと言ってること変わってんぞ。」
思いっきり言いやがったなコイツ。
「まぁ、そうカリカリすんなって賽代家の元当主殿?」
「……俺は今まで当主だった覚えはない。」
ずっと、そうだ。あの日からずっと。
「とりあえず、そういうことにしといてやるよ。」
「……今日は、なんの用で来た?」
「あ?忘れたのかよ。定期検診、だろ。お前の呪い状態と、進行具合の確認!振矢さんに『確認しろ』って言われてんだよこっちは。」
……ああ、そういえばあったな。そんなの。
「……今更だが、何故振矢にはさん付けで俺にはそんな不遜な態度なんだ……。」
振矢が俺の弟なんだが。態度が逆じゃないか。
「え?……いや、だってほぼ死体同然の奴に敬語使ったとてだろ……。」
「金扇。天国にいる神切の爺に会う覚悟は出来てるか?……ああ、すまん。どっちも地獄行きか。」
「天国どころか地獄に行けねえ奴とは違うんでね。大変でちゅねーw。呪いって。……うーわ、一年前と全く変わってねぇ。いや、一年前どころじゃねぇな。」
……当たり前だろう。だってこの呪いは、
「……不老不死なんだから。当然だ。」
その言葉を聞いた瞬間、金扇は顔を顰める。
「……っんでこーんな厄介なもん受けちまうかねぇ。」
「金扇。お前なんかには分からないだろう。逃げたお前には。」
「ああ、分かんねえし分かりたくもねぇな。んなもんはよぉ。」
俺だって、知りたくなかった。でも、それが彼女の願いなら。そうしたいと思った。それだけが、俺の残された意思だった。
『賽代賭 (さいだい・かける)
賽代家三十二代目当主。
元薊部隊所属。契約霊・淡井叶子【霊力が不定型になり消滅】
二十四歳時に、契約霊が消滅。その時に契約霊が賽代賭にかけた呪いが原因となり、不老不死となる。
それ故、天威晴司令官の意向により蛇籠の間に異動。後に室長になる。
【不老不死について】
呪いを受けた二十四歳時から身体の変化が一切見られないため、淡井叶子の言動と照合し、当初は不老のみと判断された。
不死の特性は賽代賭本人の「入水自殺を試みだが死ねなかった」という証言により発覚。
蛇籠の間の研究員、そして隼隊の春夏冬薫による霊力調査により、不死の特性が認められた。
痛覚は有り、回復時間は損傷の酷さに比例し――』
何度も何度も見飽きてしまった記録。その記録ファイルに金扇はまた新たな記録を追加する。
「……お前、字汚いな。」
「黙れ。読めりゃいいんだよ。」
読めなくはないが読みづらいから言っているっているのに。そう思いながら記録をする様子を見ていると、ふと金扇が話しかけてくる。
「……あー、そうだ。お前さぁ。」
「なんだ。」
「お前からすると死なねぇからいいのかもしれねぇけど、一応言っとくわ。……吐き過ぎはあんまり良くねぇぞ。」
……気づかれてたのか。
「善処する。」
治すつもりはないがな。言葉だけでもかなりの安心材料になる。特に無駄に鋭いコイツにはよく効くものだ。
「……アタシは止めたからな。」
「ああ。」
これ以上は、踏み込まない。考えない。選択しない。前を向かない。希望を持たない。それがこの呪いとの一番の関わり方だ。




