第二十三録 人魚の夢
【記録書庫にて】
冬になってしまったこの月は少しの寂しさを覚える。今日は少し厚着をして来て良かった。お陰であったかい。
どうやら僕は少し寒さに弱いたちの人間らしい。
膝掛けと水筒に入れたあったかいお茶を持参してたら麻井に『女子かよ!?』と言われた。解せぬ。
学校とは違って燐の建物は全体に術がかかっているので一年中快適に過ごせる。嬉しい限りだ。
こんな日はあったかいココアでも飲んでゆっくり残していた記録を読むに限る。残っているのはかなり書式が昔の記録。……解読するまでが読書だ。
ブランケットを羽織りながら、書庫の中を移動する。確かこの棚の……
「あ、あった……わっ……!?」
ブランケットの裾が資料に引っかかってしまって一部が雪崩のように崩れる。
「……まずっ……直さないと。」
この辺りの資料は契約霊制度が発足される前で燐に人が少ない時期だ。だから、呪術や式神の扱い方などの資料が多い。それと同時に、民話や伝承などの資料も見受けられた。
「……あ、人魚伝説……。」
確か、人魚の肉を食べた少女が不老不死になった話……だっけ。
不老不死、か。不老不死といえば……彼は今どうしているんだろう。
そう言えば、あまり会っていなかったな。
「終わりが出せない長いだけの人生は、生と言えるのか……生としての価値はあるのか……考えたらキリがないな。」
人間の恐怖の根源である死を乗り越えた先にあるものは、抜け出せない牢獄以外にないだろうに。
【通学路にて】
「不老までは良いけどなぁ……。」
「何が?」
あ、声に出てたか。麻井が反応して来た。
「不老不死について。不老不死って不老まではいいけど、不死はちょっとメリットないなぁって。」
「どんな考え事だよ。……あーでも、不老も時によっちゃキツくね?」
……なんで?『老いない』ってかなりのアドバンテージじゃないか?
「だってその身体の全盛期で不老になるとは限らないだろ。まだ首もすわってない時期に不老不死になったら困るくね?」
「……確かに考えてなかった。考えたら考えるほどデメリットが大きいな。」
「結局、身の程にあった時間と人生が一番なんだよ。……ふぁ。」
麻井はまだ眠気が残っているのかあくびをしている。……あまり、よそ見をしてると危な……あ、こけた。
「……意外だ。結構夢がないこと言ってる。」
そう言えば、麻井は不満そうな顔をして言い返す。
「逆に惟芽はどんなにデカい夢持ってんだよ。」
「…………世界征服?」
「デカ過ぎんだろ。魔王にでもなるつもり?」
冗談だけど。どちらかと言えばフィクサーになりたい。
……確かこの出来事が二週間前。
そして、今日奇妙な夢を見た。
波の音だった。遠くに響くほど大きな音なのに波はさほど強くない。
目の前に広がる浜辺には打ち上げられたように見えるひとりの女性。
青く、長い髪、身につけている白いワンピース。
何故かどことなく、彼女からは御伽話の人魚を感じさせた。
「……――〜、………―」
彼女から微かに声が聞こえる。波の音にかき消されてよく聞こえない。だけど何故かそれは歌だと分かった。
その歌を何処かで聴いたことがある。でもどこだったかわからない。
目の前の彼女はこちらを一度も気にする素振りもなく、ただ微かな歌を波に隠れながら歌っていた。
ふと、彼女の目が僕を見た。
「……彼に、つたえて。」
その瞬間、耳元で誰かに囁かれた気がした。
優しい、女性の声だった。
目が覚めるとそこはいつも通りの僕の部屋。
ただの夢と切り捨てるには僕は普通の生活をして来てないという自覚がある。
「……とんだ厄介なことに挟まれたなぁ。」
やっぱり不老不死についてなんて会話するもんじゃないな。
夢の中の彼女が言った『彼』が誰のことを指しているのか大体は想像できるし、そこから考えれば彼女の正体も察せる。とりあえずまた探すしかないのだろう。
「……ああ、ようやく古い文献にも集中出来ると思ったのに。」
なんで僕を選んだんだ。ちょっと恨むぞ。
さて、今日は休日だし、早速書庫に行って探さないとなぁ。
賽代賭の記録を。




