番外編2 心霊配信は程々に
いつも通り、僕は学校終わりに記録書庫に行った。夏の残骸が微かに残る秋は、記録を読むにはうってつけの気候。
ふと、大きな音を立てて扉が開いた。
「どもー!!誰かいるー???おっ!?ゆい君じゃーん!お久ー!!!」
一目見ただけでこれほど騒がしいと思える人間はそうそう居ない。なんの用でここに来たのか、なんて問いは彼の手元にある自撮り棒とスマートフォンを見れば聞く気になれなかった。
和泉天真、軽薄そうな態度と浮ついた服装。それなのに不快感を感じさせないのは彼の顔立ちから感じる爽やかさがそうさせているのだろうか。
「覚えてる?ま、忘れるわけないよね?俺、最高にイケメンだから!」
その自己肯定感の高さは嫌というほどに知っている。そもそも、彼は燐の本部に所属しているわけではない。東北支部に所属していたはずだ。対して顔を合わせる機会すら無かったのに、なぜわざわざ本部に来たんだ。
「いやぁ!ここも変わったね!何というか……少し陰気臭くなった!いいね、好きだぜ?そういうの。」
彼は楽しそうにスマートフォンの画面を覗き見ながらそう話す。その態度は、誰かからの反応に返しているようだった。
嫌な予感をひしひしと感じながらそれでも要件を聞いてしまった。
「……何のご用で?」
彼は、『ふっふっふ……』と態とらしく笑うながら言う。
「ゆい君!肝試し行こうぜ!!」
【塩対応な年下イケメンの知り合いと心スポ行ってみた!!】
『はい!どーもーみんな見ってるー?“TENMA“でーっす!』
いつも見ているホラー系配信者の配信をリアタイして見るのは今日が初だ。そう思って私はチャット欄を開く。
:TENMA今日も騒がしいな
:切り抜きから来ました!主さんかっこいいですね!
:TENMAまたイケメン連れ込んで来たのかよ
高速で流れていくチャット、この反応から分かるように彼、『TENMA』の配信はそこそこ人気だ。まぁ、六割くらいは彼のルックスが好みのライトファンだけど。もちろん、私もその一人とも言える。元々ホラー好きでもあり、極度の面食いでもある私は彼にすっかりハマってしまった。
『そう!その通り!今日はね、知り合いも一緒に来てるんだよ!じゃ〜ん!!ゆい君でーす!ほら、挨拶』
『……?えっ、ああ……はい。どうも』
『いや、反応うっす!!!もっと何かさぁ!ね?』
どうやら紹介された『ゆい君』というのはマイペースなよう。けれども、配信タイトルに『イケメン』とあるように彼の容姿は整っている。爽やかなTENMAとは別タイプの物静かな雰囲気を感じる顔立ちだ。
その時点で私のゆい君に対する好感度は爆上がりである。
:だいぶマイペースで草
:TENMA……無理矢理連れてきたのか?
:なんで本部のやつ連れて来た
:ゆい君もTENMAも美形過ぎる!!
チャット欄も概ねそのような内容で埋まっていた。
『じゃあ早速……心スポに行ってみよー!!……あ!ちゃんと撮影許可は取ってあるから安心してくれよ!』
『そういうところは用意周到ですね……』
ゆい君の言葉に視聴者全員が賛同する。そうこうして少し不安な心霊配信が幕を開けたのだった。
『今日は!基本的には立ち入り禁止の森に来てまーす!森っていうかほぼ山だけど』
『……廃墟ではないんですね。森は初めてだな……』
「森は初めて」その言葉で、ゆい君はかなりの数心霊スポットに来ていることがわかる。確かに思い返してみれば今までの配信に建物が出ることは神社以外にはない。
:TENMAは大体森とかトンネルとかの場所選ぶよな
:人工物は選ばん。強いて言えば廃村くらい
:東北はそんなとこばっかだろ
:ゆいくん心スポ何回か行ってるのー?
チャットもその事に気がついたのか質問や感想が飛び交う。
:そこは辞めろ
:見つかる
:引き返せ
ふと、そんなチャットが目を通り過ぎた。同じ人が連投しているよう。
「見つかるって……どう言うこと?」
そんな私の疑問はTENMAの楽しそうな声に掻き消された。
『ゆい君こういうトコ初めてか!んじゃぁ、先輩の腕の見せ所かなぁー』
:TENMAー、調子乗んなよ
:そう言ってTENMAはなんもないトコで転けるから
『皆んな俺のことなんだと思ってんの!?』
そう言ってTENMAは何もない場所で転けた。いつも通り、平常運転のTENMAだ。
『そういやさー、ゆい君って元々視えてた人?』
『いえ、元々は視えてないので、今も視えないです』
『えっ!?そうなん?てっきり視えると思ってたなぁー、ついでに本部から視覚用の媒介持って来た方が良かったかぁ……?』
『金扇さんからの蹴りに耐えられるのなら止めはしませんよ』
『あー!持ってこなくて良かったー!命拾いしたわ!!』
二人はそう言ってよく分からない話をしている。媒介?本部?カナオギさんって誰のことだろう……共通の知り合いかな?
:よう分からんけど良かったな
:カナオギさんって誰ー?
:二人で難しい会話せんでー!!
:持ってってたら蹴りで済んでたと思うなよ。
『ひえっ、今チャットにオギさんいたんだけど……!』
『……記録部隊って、どこの支部でも金扇さんのこと渾名で呼ぶんですか?本部も九州支部の人も「オギさん」呼びでしたけど……』
『いやぁ?俺は本部リスペクト!』
二人の会話はテンポ良く進んでいく。たまに用語が分からない時があるが、TENMAの軽さの残る声とゆい君の落ち着いた声が心地よく聞こえた。
〜
「ゆい君って本部の人間だよねー?」
「まぁ、はい」
僕の前を行く和泉さんからそう聞かれた。
「あ〜、じゃあ専門は人霊か!此処は専門外だよね?」
「……そうですね」
和泉さんは徐にカメラのマイクを切る。そして、僕の方へと振り返った。
「じゃあ、教えておくよ。森に人霊がいることはほとんどない。大体いるのは、狐とか狸、あとは熊とかの畜生霊だ。人霊はたまにいたりするけどすぐに消える。なんでか分かる?」
勿体ぶった口調て僕に聞く。そして、ニヤニヤと口角を上げた。
「一塊になるから。詳しく言えば色んな霊が混ざり合ってその上でこの地域にある山岳信仰が上乗せされて神霊に成る。……君たち本部の人間は神霊は専門外どころか避けているよね?対処が出来ないから」
なら、なぜ連れて来たのか。そう思って和泉さんを見やる。
「あー、安心してよ。だって俺の所属は知ってるでしょ?東北支部の人間の専門は『神霊』なんだからさ』
そう言って、僕に向けてウインクをする。信用出来ない人について来てしまったかもしれない。
〜
『そういえば、元々視えてなかったってことは生まれ育ちは燐じゃないってことだよねー?
『……まぁ、そうですね』
先程音声が切れていたが二人は自然に会話を再開している。……通信環境が悪かったのかな?
:TENMAー、途中音声切れてたぞ
:音戻った!
:マイク切ってたのか?
『あー、そうそう!さっきマイクミスって切っちゃったっぽいわ!メンゴ!……そんでさ〜』
やっぱりミスのようだった。TENMAがマイクのミスって珍しいな……まぁでも大きなトラブルじゃないしいいか。
『ゆい君って兄弟とかいたクチ?』
『いえ、居ないですね』
:そうなんだー!お兄ちゃんとかいると思ってた!
:いや、あのマイペースさは一人っ子だろ
:TENMAは絶対一人っ子
:TENMAは甘やかされて生きて来ただろ
兄弟いるか居ないかのトークで高速で流れて行くチャット欄。
『んー、「TENMAは一人っ子だろ」……って?いやいや俺は兄貴いたよ!めっちゃ優秀な兄貴!』
『……そうなんですね』
……あれ?なんで過去形なんだろう。……まぁ、いいか。
:嘘だろ!?
:えー、意外
:一人っ子で親にベロベロに甘やかされてると思ってたわ
そう反応するチャットにTENMAはいつもみたいにヘラリと笑いながら言った。
『いやぁ〜、だってあーんなに優秀な兄貴いなかったら俺、配信者なんてやるほど承認欲求拗らせてないし!そんなことよりさ〜!』
お兄さんの話を早めに切り上げ、別の話へと移る。感じた違和感や疑問は少し跡の残る拭き方をされたように頭の隅にあった。
『……あ、』
『ゆい君どしたー?』
ふと配信途中で何がにゆい君が立ち止まる。TENMAは少し辺りに視線を動かして聞いた。ゆい君はしゃがみ込んで呟いた。
『……珍しい苔ある……』
『どーでもいーから進もうかーー?』
苔に興味持つイケメンって特殊だな……。
『こーいう配信してるとさ〜、口煩い人たちが「山に敬意を払え」とか「霊に無礼を働くな」とかって言ってくんのね?』
『まぁ、そうでしょうね』
TENMAの配信の性質上、そう言う話は切ってもきりはなせないんだろう。それでも面倒そうにしながらもどこか楽しそうなのは彼が『配信者TENMA』だからなのか。
『だってさぁ〜、神は人間の信仰から成って、怪異は人の畏れから成るって言うじゃん?だったらさ、神から信仰を取ったら、怪異から畏怖を取ったら……どっちも無能ってこと、でしょ?』
『それは……興味深い考えですね』
今までTENMAの話を流していたゆい君はここに来て初めて食いついた。
『つまり、怪異に恐怖持たない人間は怪異の干渉を受けず、神を信仰しない人間は神を弱らせるのでは?……ということですね』
『そ!やっぱりゆい君話わかるね〜!』
:TENMAが難しい話しだしたぞ……
:急に頭良くなんないでくれ
いつもみたいにお前はバカで良い
:難しくて分かんない(´・ω・)……
〜
「いやぁ、ゆい君なら分かってくれると思ってたぜ!」
そう言えば塩対応の後輩は少し疎ましそうに眉を寄せながらも返事をする。
「貴方も『存外、見かけによらず考えているんだな』と思っただけです」
目を逸らすゆい君の背後に目を向ける。……“彼女”の調子は良さそうだ。
「あぁ、そうだ。俺がわざわざここまでゆい君を連れてきた理由は分かる?」
またマイクを切る。これはネットには流せない話だから。
「神霊を苦手とする本部の人間を、神霊が蔓延る土地にわざわざ連れてくる目的……君には分かる?もちろん、俺は何かあれば守るつもりではあるぜ?」
「……」
「……ははっ、流石に分かんないか!じゃあヒント……ゆい君は神を信仰するどころか人間となんら代わりないと思っているだろ?そんで、俺が連れてきたかったのは……ゆい君というよりも、“彼女“だ。」
そう言ってゆい君の背後憑いている少女の神霊を指さした。彼女は俺が視えていると気づくや否や俺を睨みつける。
「萌木秋羅……本部が唯一制御できた神霊。いやぁ、たまたま本部に行ったら会えるとは!俺、ちょー運イイわ!」
「……秋羅がいるんですか?」
何で今は視えないゆい君に憑いているのかが分からないけど……そんなことはどうでもイイ!
「ずーっときになってたんだよねぇ〜、信仰がない場所で神霊同士を戦わせたら、どんな結果になるのか」
立ち止まって話す俺たちに向かってこの山の神霊が近づいてくる。色んな魂の集合体、畜生霊、人霊さまざまな叫び声が混ざり合って聞こえた。
『ごめんね。ツヅキに近づくなら、死んで』
彼女の声が良く響く。まぁ、俺にしか聞こえなかっただろけど。彼女はその手に持つ弓を迷いなく弾いて、撃った。矢は神霊を貫通しそのまま霊ごと崩れ落ちた。
「……っ〜〜ー!!」
想像通り?いや、期待値以上!!思わず声が漏れそうだった。「信仰のない神霊同士を戦わせたら、勝ち残るのは人の魂の保有量が多い方ではないか?」その仮説が現実味を帯びていた。
「はぁ……最っ高だよ……!!」
まさか俺の手助けすらないまま消滅させるなんて……一段と興味が上がった……!
「……また、連れてきても良い?今度は詳しく調べさせて……ね?」
「疲れるんで嫌です」
ゆい君に断られてしまった。まぁ、でも腕引っ張ればいいから!
その後、配信にはノイズが混ざり合って映っていたらしい。ゆい君が出た配信は過去一の同接を叩き出した。
「いやぁ〜……ふふふ、んふふはは」
東北支部の拠点でアーカイブの再生回数を見る。ニヤケが止まらない。いやぁ、ここまでとは!本部の人も恐るべし!
「天ちゃんどったの〜?ニヤニヤしててキモイよ」
「えっ!?もうちょいオブラートに包んでよ〜、猫田」
そう俺が言えば猫田は「にゃはは」とでも言い出しそうな笑みで笑う。
「天ちゃんにはこのぐらいのジャブ打っても気にしないでしょ〜?」
「それは、確かに……!?」
「そういやさぁ?この前の休み!天ちゃん本部行ったんでしょ〜?どうだった?」
本部……建物自体は残っていたし、いないのは人ぐらいだったな……。
「んー、特に変わりはなかったけど……解体宣言したからか人が減ってたねガラッガラだった!霊は前よりも増えてたけど!」
「ふぅん?でもぉ、ボクが知りたいのはそこじゃないんだよねぇ〜?どうだったの?本部の代表殿は?」
「あぁ〜!やっぱりそこ気になっちゃう?やっぱり燐の創設に携わってた家の現当主だけあるねぇ?猫田久作くん?」
そう俺が言えば猫田はゆっくりと目を細める。
「いやぁ?だって今の本部の代表者は天威と名だけの賽代の婿殿らしいじゃん?あんな恩知らずの家が代表って……ちょっとねぇ?本家のボクとしては異議があるんだよねぇ〜」
「えぇ〜?でもスーさんの弟っしょ?あんなにスーさんとキャイキャイしてたくせに?」
記憶を辿れば数年前の合同任務で合流した賽代すごろとはかなり親しそうに話していたはず……。
「にゃは〜!あんなの猫被ってたに決まってるじゃ〜ん!……本部が解体した今、燐の中で一番勢力があるのは平和ボケした九州支部でも、弱っちい中部支部でも、腰抜けの近畿支部でもない……でしょ?」
そう、本部がいない燐で次の司令台に立つのはただ一つ。
「「東北支部だけ……ってこと(だね?)!」」
声が揃う。目の前同期は案外可愛い雰囲気をして性格が悪い。
ま、嫌いじゃないけど!!




