第二十録 鳴いた乙女と救えぬ小鳥
【乙梨紫音の話】
私の出自は碌なもんじゃなかった。
最初からクソだった訳ではないのよ?いや、クソはクソだったけど。行き過ぎた思想教育、過度なまでの外部情報の遮断……大勢からの弾圧。それが当たり前の日常の風景だった。
それに加えて、毎日『声』を出すことを強要されていた。
「ナキメ様、貴女の言葉は人々に幸福をもたらすのです。」
そんな意味の分からない戯言を吐かれて。名前の知らない誰かに用意された部屋で過ごして。出てくる食事は薬品の匂いだらけ。でも、頭のおかしいカルト集団にも一つの良心ってあるのね。たまに様子を見にくる父親と母親だけは違ったの。私ことを尊重してくれていた。『幼い子供に強要するなんてそんなのは間違ってる』って言ってくれた。
確かに、あの時までは良かった。
いつの頃だったかしら、もう思い出せない。でも、まだ私はキャベツ畑の話ををバカ正直に信じてた年齢だったのは確か。
その日の食事にはデザートが出てきたの。ちょっぴり苦くて甘い、そんな味。あんまり甘いものは食べさせて貰えなかったからただただ嬉しかったの。
その日の夜、子供はもう寝る時間のとき。部屋に大人の人が来たの。今まで部屋に入って来たのは両親と食事を運んでくれる人だけだったから、すごく怖かった。
「少し大人しくしていて下さい。安心して下さい! すぐに終わりますから!」
そうニコニコしたまま、複数人で腕や肩、脚も押さえつけられて……そのまま、服も……っ申し訳ないけど、この先は語りたくないわ。
……本当におかしいわよね。何度「いやだ、やめて」って叫んでも聞いてくれない。なんならニコニコしてまたやり始める。まだ、物事の善悪も分からない子供よ。なんで毎日朝と夜が来るのかもすら理解出来ていない年頃にする仕打ちじゃなかった。それだけは確かなの。
でも、一番辛かったのはその後。
あんなことがあった翌日、両親は私の様子を見に来たの。声も枯れてボロボロな私の姿を見た瞬間に、あの人たちは泣き崩れた。なんで泣いているのかも、これから何が起こるのかも分からないまま、私は二人のところに行こうとした。
「…どう、したの…?」
「………………。」
でも、声を振り絞って呼びかけても二人は返事をしてくれなかったの。泣いている二人の姿を見ることしか出来なかったわ。どうにかして泣き止んで欲しくて手を伸ばしたけれど……すぐに手を振り払われた。そして震えた声で言ったの。
「……問題ありません。大丈夫です。ナキメ様。」
「……貴女様が気にする事はありません。貴女はただ役目を全うしてください。」
二人は私のことを全く違う名前で呼んで、まるで他人みたいに。『ナキメ様』……他の奴らが私をそう呼ぶように、その日から両親も私をそう呼んだの。
……それが一番辛かった。その後に何度あの夜と同じ仕打ちを繰り返されても、人数と時間が増えても、親が自分を捨てた衝撃に勝るものはなかった。
自分の本当の名前さえ忘れて、そんな状況にもう諦めすらも感じてた頃、私は燐に保護された。元々私がいたところは燐に危険視されてた教団らしくてね。
潜入していた霞部隊が私を発見したとき、私は服を脱がされて裸のまま椅子に座らされていたそうよ。
「ねぇねぇ! 君名前は?」
「……。」
「君の親から付けてもらった名前だよ! 分かるー? きこえてないのかなー?」
燐に保護された後しばらくは個室で過ごしていたの。時々、人間が来ていくつか質問されたけど私は声が出せなかった。話すのが怖かったの。
「んー? それとも名前がないのかなぁ? でも、名前がないと不便だよねぇ……じゃあ! 私が付けてあげる!」
そう言ったのは私よりも幼く見える女の子。いつも男の人と来て一方的に話して言った。
「……おい、そこまでにし……」
「オトナシ シオンちゃん! 良くない? 良いよね! ピッタリだよね! ねぇ! 賭くんも丁度いいって思うでしょ!? 『音無』『死音』って!!いいねぇ、可愛いねぇ!シオンちゃん♪」
「……名付け主の趣味の悪さが窺えるな。」
『オトナシ シオン』……今の私の名前の原型になる皮肉な音を決めたのはその女……姫宮百合香だったのよ。
「え〜? ひどぉい! 乙女の趣味を笑うのはダメなことなんだよ?」
「……お前のような老害の何処をどう見て『乙女』だと? そろそろ脳みその交換時じゃないのか?」
「んー、でもこの体交換してからまだ二週間だからなぁー? 今回は5歳の子供にしたし。しっかり身体は処女だよ?……それとも……本当に処女かどうか君が確かめてみる? そういや賭くん童貞だっけ? 私がリードしてあげよっか♪」
「……黙れ気色悪い。」
毎回、姫宮に同行して来た人も姫宮を心底嫌そうにしていた。そんなこと、姫宮はつゆほど気にしていなかったようだけど。
「じゃあね〜シオンちゃん♪ また来るね♡」
「……少しでもこの老害を近づけないようには努力する。だから……今は心を休めておけ。」
そう言って二人はもう個室に来ることはなかったわ。そこからしばらくして、私は個室の外に出ることを許された。
「君の式を調べさせてほしいんだ。協力してくれるかい?」
そう言ったのは当時の燐の指導者、天威晴。彼が言うには私には神の加護がかかっている、って。加護を取り出して依代に受肉して式を作り出したいと。初めは信じていなかったけど、言われるがまま検査に協力した。
検査が終わった後、私の手元に残ったのは一匹の鳥だった。白くて、小さな鳥。
「加護の受肉が終わった。今日からその小鳥さんが君の式だよ。」
式、私の式……加護の具現化。
式を目の前にした私の感情は『嬉しい』でも『可愛い』でもなくて、ただただ『嫌悪』だった。
……私の加護ならなんで今まで助けてくれなかったの。
声には出せなかったはずなのに、式は私の気持ちを汲み取ったように話し出した。
『ゴメンネ。ツラカッタネ。ナニモデキナクテ、ゴメンネ。』
ふざけないで。今更言われたって遅いのよ。何のための加護なの。
心の中で自分の気が済むまで恨み言を吐いた。式は私にずっと謝ってくれた。
許せなかった。許せなかったけど……式のことは嫌いじゃなかったの。行き場のない思いをぶつける相手が式以外に思いつかなかった。だから式にあたっちゃった。
式は私のそばにずっと居てくれていたのにね。
式を持たされた後、次に向かわされたのは教室だった。
初めて自分と同年代の子と顔を合わせることになって不安にならなかった訳がない。もしかしたら拒絶させるのかもって思っていた。けどね、杞憂はすぐに無くなったの。
…………。
「初めまして! 可愛い小鳥さんだね!」
すぐに笑いかけてくれた人がいたから。
「わたしは神野緒梨! ねぇ、あなたのお名前は?」
それが、先輩との初めての出会いだったの。




