第十八録 夢想家如きの口約束
「ねぇ、胤。君は幽霊の存在を信じているかい?」
「急にどうしたんですか?先生。」
先生との会話はいつも、本棚が沢山並んでいるあの人が用意した僕の部屋だった。
「私は君にいつもお話をするね。そして、それを君は楽しそうに聞いてくれる。」
「はい。とても面白い作り話ですので。」
「もう、脚色の入ったノンフィクションだと言っているだろう?」
その脚色の程度か僕には分からないから作り話と言っているのに。実際に僕は先生の話す霊も、それに対峙する人間すらも見たことがないのだから。
「さて、胤。質問に答えてもらおうか。君は幽霊の存在を信じているかい?」
楽しそうにゆらゆらとした笑みを浮かべて、先生は僕の答えを待つ。
「信じてる……と言えば嘘になります。まず、僕は霊を見たことがない。そして、先生の話のどこが真実か確かでもない。」
「よって『信じていない』と?ふーん、可愛げがないなぁ。」
『つまらない!』とでも言いたげな声色で先生は本を開く。
「残念ながら僕に可愛げを求める方がお門違いですよ。」
「そんなことないさ!最初に会った時はこーんなにちっちゃくて可愛げが……あれ?思い返せばなかったかも知れない……。」
先生は否定するように大袈裟に手振りをして、そのまま動きを止めて考え込んだ。
「ほれ、みたことか。……まぁ、でもそうですね……存在したら面白いとは思います。」
「え?可愛げのある君が?」
「違います。幽霊ですよ。」
僕がそういうと、先生は驚いたように本から目を話す。そんなことも気にせずに僕は考えを述べた。
「……もしあったら、面白いと思うんです。貴方が語る霊を写すレンズも、霊を喰らう人も、剣を扱う幕末の亡霊も全て現実にあったら面白いと思います。だから、『信じてる』というよりは『信じたい』ですね。」
僕が言い切ると、先生はくすくすと笑い出した。
「……なんですか。」
「ふふっ……いや、なんだ。君にもあるじゃないか。可愛げ。」
「……はぁ。」
そんな話をした。あとはどんなことを話しただろう。……ああ、将来の夢の話をした気がする。
「胤、君は何者になるのかな?」
「さぁ、見当もつきません。先生は?」
「私かい?私は……そうだなぁ。小説家になりたかったね。」
なんで過去形なんだ。
「別に……今からでもなれるんじゃないですか?」
「おぉ!なんだい?応援してくれているのかな?」
「いえ、いつも先生は質の良い法螺話を語ってくれるので。」
「うーん……法螺話じゃないのだけどね……。」
貴方がどれだけ真実を語ったとしても、僕からしたら法螺話のように聞こえるんだから仕方ない。
「先生みたいな人をなんて言うんだっけ…… ああ、『夢野久作さんのごたる人』か。」
「君から見た私は変人の夢想家かぁ……。随分な言われようだ。」
「でも作家や創作者としてはこれ以上ない評価でしょう?」
先生は嬉しそうに笑う。
「……ああ、本当にね。これとない賛辞だ。」
もし、先生が本当に小説家になったとしたら。
「貴方の作品の読者第一号は僕ですね。僕は本を沢山読んでいるので。」
「これは……手厳しいことだ。」
「逆に優しくして欲しいのですか?」
「いや、君からのお世辞ほど屈辱的なものはない。」
よく分かっていらっしゃる。
「先生は外を知っている。だから、僕は先生の話に興味があるんですよ。」
「それは家庭教師としても小説家志望としても嬉しい限りだ。けれど……」
「『けれど』?」
先生は窓の外に目を向ける。天井近くに一つだけ設置されている窓は、青い空を切り取っていた。
「勿体無いなと思うんだ。確かに、この世は理不尽で、残酷で、納得出来ないことが多くある。けれどね、知らないままでいるにはあまりにも……この世界は美しいんだ。」
「……美しい、ですか。」
「ねぇ、胤。私はね、今もう一つ夢ができたよ。『君に外の世界を見せてみたい』。そして、笑い飛ばしたいんだ。『この世界は限りなくクソだ』ってね。」
外を見る先生の目は、空に憧れる鳥のようにも見えた。
「美しいのに『クソ』ですか。それっておかしくないですか?」
「いいや?負と正の感情は時に両立するんだよ。きっと君も見たら私の言っていることが分かるはずだ。『この世界がクソだ』ってね。私がこの世界の創作者だったら、もっとマシなシナリオを書くよ。」
先生は笑って僕を見る。外を知る人の目で、鳥籠の僕を。
「じゃあ、期待してますね。先生は信用は出来ないですが信頼は出来るので。」
「信用もしてくれないと私の『大人としての矜持』が危ぶまれるのだけど……。」
それは知らない。普段の行いの所為だ。自分を改めると良い。
「……約束ですね。」
「……!ああ、約束しよう。」
ああ、きっとあの日からだった。……先生があそこに来なくなったのは。
あの人にそのことについて聞いても、教えてはくれなかった。
【燐・医務室にて】視点《乙梨 紫音》
「で?容体は?」
突然、倒れ込んだ同級生を燐に連絡して運んでもらった。運良く金扇に繋がり、そのまま様子を見るそう。
「ただのストレスだな。キャパシティを超えたんだろうよ。」
「コイツは、何を……。」
「それはアタシらに聞く権利はねーよ。だって、此奴の問題は燐の範囲じゃない。霊に関係ないんだ。神ですらもねぇ。人の域なんだよ。外野がとやかく言うコトじゃねぇわな。」
でも、それは『見捨てる』と同義じゃないの。
「紫音。人間はさ、難しいんだよ。迷うし、間違えるし、感情がある。そして中途半端な知能だけが育ってって余計に面倒になる。だからさ……割り切って生きるのが大事なんだ。自分の為に、そんで相手の為に。」
「……そうね。中途半端に拾う方が、相手は救われない。」
だからこそ、人は間違える。優しい人ほど選択を間違えてしまう。
未だに上手く腹に落ちないそれを考え込む。不意に、医務室の扉が開いた。
「失礼するよ。お嬢さん方。」
入ってきたのは一人の男性。
「……部外者はお断りだぜ?」
「おお、酷いなぁ。私は元関係者だよ。紗子。」
「十数年前に抜けたやつがなんでここに来た?何が目的だ。」
顎に手を当てる彼の姿を見る。……あれ、この人何処かで……?
「なぁに、可愛い教え子の様子を見にきただけだよ。ちょっと席を外してくれないかな?感動の再会と共に女性には聞かせられない話があるんだ。前に会いに行こうとした時には、もう手遅れだったからね。」
「……はぁぁぁ、なんかあるとは思ったが……やっぱりお前か。」
教え子?もしかして、この人が……。
「紫音。一旦外出るぞ。」
「は?アンタ何言って……!」
「これは彼奴のためでもある。早くしろ。」
金扇に強引に手を引かれる。どこか苛立ちを隠していない金扇とは反対に彼はにこにことしていた。
「理解が良くて助かるよ!さすが、神切先生の元契約者だ。」
「五月蝿え。お前の為じゃない。アタシは面倒になりたくねぇもんでな。」
「……半刻程、時間を頂くよ。それまで絶対に入らないでくれたまえ。」
「誰が首突っ込むかよ。んな厄ネタ。」
そのまま、医務室の扉が勢いよく閉められた。




