第十六録 知る・分かる・話す
【学校】
昼休み、席を立って一人の人に会いに行こうとする。けど、直ぐに足が止まった。
「ねぇ、麻井。」
「ん?惟芽どした?珍しいな。お前から話しかけてくんの。」
たまたま目についた麻井に話しかける。迷惑そうにはしてなかった。
「乙梨さんってクラスどこだっけ?」
「……マジでお前どうした?」
「何が?」
麻井は珍獣でも見たような目を向ける。……本当に何なんだ。
「女子がお前に話しかけに行くことはあれど、お前が女子に話しかけに行くことがあるとは思わなかった……!?」
「僕をなんだと思ってるんだ。必要な用事なら自分から話すに決まってるだろ。」
「ふーん。じゃあ乙梨さんとなんの話すんの?」
流石に燐について詳しい内容は言えない。誤魔化そう。なんて言おうか。……正直、麻井になら何を言ってもいい気がする。
「……内緒。」
「やっぱ珍しいって!!なに?お前にも遂に春が来た!?」
「?今は秋だし、僕は夏の方が好きだよ。」
春も冬も景色が幻想的で好きではあるけど、やっぱり僕の記憶に残るのは夏だ。
「そういうことじゃ……いや、いいわ。」
適当に対応してみるものだな。勝手に話が逸れていった。
「ところで、本当にクラスどこなの?」
「え?あー、多分四組だったはず。大丈夫か?四組の場所分かる?」
「逆に、君は僕がそこまで忘れてると思ってるの?」
「お前ならワンチャンあると思って……。お前、興味ないことは赤ちゃんレベルじゃん。」
重ねがけで失礼だな。まぁ、麻井はそういう奴だし。
「流石にこの学校の教室の位置くらいは分かるよ。麻井、クラス教えてくれてありがとう。」
「どーいたしまして!いやー、にしても乙梨さんかぁ。意外だったなぁ。まあ、頑張ってこいよ。」
一体、何を頑張るのか。疑問には思ったが口に出さずに教室を出た。多分突っ込むと面倒になりそうだから。麻井のニヤニヤしていた顔がむかつきはしたけど。
昼休みということで、教室の外に出て移動している生徒が多い。大抵の人が食堂か、購買などに行っているんだろう。
数人の人が珍しそうに僕の方を見てくるのが居心地悪い。そう思いながら四組の教室に向かった。
教室の前に着くや否や、出入り口近くにいた人に話しかけられる。
「惟芽くん!?なんでこっちの教室に?誰かに用事?呼んでこようか?」
教室の中を見渡して乙梨さんが居るかを確認する。……居るな。
「いや、大丈夫です。自分で呼ぶので。」
「あ、うん……!」
なるべく声を張って、はっきりと届くように、息を吸って。
「乙梨紫音。」
全員が僕の方を向く。教室の中にいた人だけでなく、廊下にいた人も、もちろん、乙梨さんも。
「放課後、二人だけで話があります。」
普段は澄ましてある彼女の眉がぴくりと動いた。僕がこれだけ人の目があるところで宣言したんだ。彼女は易々と帰れるわけには行かなくなったはず。
「……では僕はこれで。」
ざわめいている四組の教室を後にして僕は自分の教室に戻る。
「ねぇ、今の何!?乙梨さん!どういうこと!?」
「どういう関係!?意外なんだけどー!もしかしてそういうこと!?」
後ろからそんな声が聞こえてくるのが少し申し訳なく思うけど、まぁ後悔はしていない。
ただ……放課後の彼女はすごい形相でこちらを睨みつけてくるであろうことを覚悟しておこう。
「……え、お前戻ってくんの早くね?」
「ちょっと話すだけだったからね。」
教室に戻るや否や麻井が驚いた顔で僕を見た。
「てか、あっち側の教室うるせえんだけど。お前何した?」
「……何も?」
なんで僕が何かした前提なんだ。今日は何重にも失礼だぞ。
「あーあ!後で噂になっても知らねーぞ?」
麻井は何かを察したという顔で僕にそういう。
「逆に知ってたら麻井は何かしてくれんの?」
「えぇ?んー、そーだなぁ……。」
顎に手を当てて、しばらく黙り込む。そして思いついたかのように麻井はこう言った。
「お前の近くで思いっきり笑ってやるよ。」
「……。」
予想外だ。あまりにも予想外だ。僕を止めるとかじゃないのか。『笑ってやる』って、友人か気の許すような人間にするものだろ。
「君、変わってるよ。普通じゃない。」
「んえ?そう?俺はこれが普通だと思って生きてるけど。だって相手が間違ってることしてないって俺が思う限り、その背中を押してやるもんだろ?」
『間違ってない』なんて、見る角度が違えば簡単に変わるものだろう。善悪なんて風見鶏みたいに簡単に向きが変わるのに。Aが間違ってて、Bが正しい。Aが良くて、Bが悪い。そんな意見は時が経てば風化してどんどんと変わってくのに。色んな人間に陵辱されて意味を変容させていくのに。
それでも、目の前の人間は自分だけの『間違ってない』を選ぶんだ。
「……変わってるけど……でも、面白い。」
「その割には、お前笑わねえけどな。……はぁ〜、分かんねえ。」
僕だって君が分からないままだ。
僕の知っている人に似ているようで、全く違う。僕は、君を理解出来るほど君を知らない。
だけどね、麻井颯斗。少し君に興味が出てきたよ。
今、僕に立て込んでいる案件が終わったら君のことを聞いてみよう。
僕が、君を理解出来るように。
【放課後】
陽が落ちるのが少し早くなってきたと、窓の外を見て実感する。
この教室には今、僕以外は誰もいない。もうすぐ来るであろう人を除いて。
「……面倒なことしてくれたわね。惟芽。」
「ああ、来たんですね。」
予想通り、乙梨さんは不機嫌そうだ。周りの人に散々質問攻めにされたのだろう。
「申し訳ないとは思ってますよ。まぁ、でも……逃げられると困るので。」
「なんとも、性格の悪いこと。で、何の用なの?内容次第では帰るけど。」
「緒梨さんについてです。」
「記録を譲るってこと?」
彼女の態度が軟化する。やっぱり、神野緒梨の記録は彼女と話をする上で重要だ。
「手広く言えばそうですね。でも、条件があるんです。」
「何?」
警戒は……するか。誰だってそうだ。今から治ることのない古傷を他人に広げられそうになっているのだから。
「緒梨さんが何故貴方に式を譲渡したのかについて、話してもらいたいんです。」
彼女の目がまた鋭くなった気がした。




