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第十五録 神に愛されていた

【金扇紗子の話】

お前も知っての通り、時雨っつうのは式もとい神を扱う組織だ。時雨の奴らは神職の家系だったり、元々の才能に恵まれた奴だったりすんのが多いな。

緒梨もその一人だ。けどアイツは他の奴らよりも式の扱いが巧かった。多分慢心を恐れてたんだろ。


「皆んなはわたしを凄いって褒めてくれるけど、別にわたしが凄いわけじゃないの。全部、くまさんのおかげなの。」


そう言い始めたのはアイツがまだ式を完成させて間もない頃だった。


「そうか……でもお前はすげぇよ。自分が特別だと驕らず、自分の神に感謝してる。そんなお前だからお天道様はお前を選んだんだな。」


「……そうかなぁ。」


「そうだよ。」


だって、アタシが緒梨の歳ぐらいんときは自分が全ての生物の頂点だと思ってたからな。それに比べたら充分偉いよ。

お前、緒梨の記憶を見たって言ったよな。なら榊のことは知ってんだろ。彼奴が死んでから緒梨は家の役割をよく気にするようになった。……代わりに少し暗くなったな。花奈が来てからはそんな素振りは見せないようにしていたけど。


「ねぇねぇ!つぐりん!つぐりん!ここ分かんないから教えて!」


「えっと……『被験者の身体や固有する霊力が外部の霊力を受け付けるのかを測るためにする、霊力を込めた針状の物体を身体に刺す検査方法は何か』……ああ、これはね『霊核穿刺(れいかくせんし)検査』だよ。」


「漢字どう書くっけ?せんし、の部分!」


「穿つに刺すだよ。ここ難しいよね。」


ジジイが居なくなっちまった後は花奈によく勉強も教えてたな。一応先生役としてアタシも居たんだが……いかんせん、向いてなかったみたいだわ。


「小さな教育者だな。緒梨せんせ?」


「紗子ちゃん!おひさー!」


その頃から花奈は怖いもの知らずの底抜けに明るいやつだったから緒梨も安心して関われたんだろうな。


「昨日も会っただろうが……花奈、勉強は大丈夫か?」


「花奈ちゃん、凄く頑張ってますよ。ね?」


「聞いてよ紗子ちゃん!花奈もしかしたら天才かもしれない……!」


「いや〜、それはねぇだろ。」


そん時から相変わらず馬鹿ではあったけど緒梨からしたらそうした花奈の言動に少なからず心が休まってたんだろ。だからよく花奈と一緒にいたよ。……あんまり家のことを考えなくて済むからな。

緒梨は家のことを考える反面、決定的なことには目を背けていたんだ。その時までは。

転機が来たのは恐らく緒梨が十三の時、紫音が来た時だ。紫音は事情が事情でな。特殊な環境で育ってた。

あー、まあ大まかに言うとカルト宗教だな。実の親が酷かったんだよ。たまたま燐で保護したんだ。入ってきたばっかの時は同年代の奴らにしか心を開かねぇし、しょっちゅう抜け出そうとするしで大変だったよ。話せないから意思疎通も出来ないしな。お前も知ってんだろ?今では普通に話してるが、前までは紫音の式を通して話してたな。そうそう、あの謎の式鳥。結構可愛かったけどな、白くてもふもふ。

んでまぁ、そんな紫音にかまい倒してたのが緒梨だったんだよ。紫音の方もよく緒梨に懐いてた。式のいる者同士なんか通じるものがあったんだろうな。


「紫音ちゃん!聞いて!今日、動物園でハシビロコウ見つけたんだよ!目つきが悪くて可愛かったなぁ……。紫音ちゃんにも見せたかった!」


『先輩の方が可愛いです。どんなものよりも。』


なんというか紫音の方は緒梨に懐き過ぎて怖かったけど。……いや、『懐いている』というより『依存』に近かったな。

……夏の初め、梅雨の時期だったか。緒梨に聞いたんだ。


「緒梨、後一週間で14になるが気分はどうだ?」


「金扇さん!とっても良いですよ!体調も万全ですし、くまさんも元気です!」


そう、なんでもないように話す緒梨を見て、少し安心もしたが不安もあった。神野家っつうプレッシャーがコイツに嘘を吐かせていないか。本当に緒梨は燐に入ることを自分から望んでいるのか。


「……そうか。しっかり考えておけよ。燐としてはお前には時雨に入ってもらいたいのは山々なんだが、アタシ個人としてはお前に無理を強いるのはごめんだからな。」


「無理なんてしたことないです。いつも。」


口角を上げて明るく言い放つ緒梨の顔は嘘をついているようには感じられなかった。


「……それに、紫音ちゃんも『14歳になったら燐に入る』って言ってたんです!だから!わたしも燐に入りたい!」


「紫音?……紫音が入るってなって、なんでお前が……」


「だって紫音ちゃん、燐以外に行けるところなんてないじゃないですか。それって凄く、『可哀想』で……!」


緒梨の目に映るそれは紫音に対する同情ではなくて、喜びを感じているように見える。もう直ぐ14歳になる子供の瞳に映るには不釣り合いな感情がそこにはあった。


「紫音ちゃんは確かに燐以外の何処にも居場所なんてなくて、でもそれは『何処にも行かないでいてくれる』ってことと一緒なんです。わたしから離れないでくれる。」


ずっと依存しているのは紫音の方だと思ってた。だけど、それは緒梨の方だったんだ。


(ここ)にいる限り、いつかは皆んな離れていってしまう。時雨の人も、式も、仲が良かった子達も。いくら神に愛されていたとしてもその期間は永遠じゃない。でも紫音ちゃんは『置いていかない』って約束してくれたんです!ずっと近くに居てくれるって言ったんです!紫音ちゃんは燐でしか居場所がないのに!だから、わたしも燐にいることを決めたんです!」


子供にこんな言葉を言わせる世界は、どんなに酷い神か創り上げたものなんだろう。……そう思わずには居られなかったよ。

皆んな、もう何処かしらが壊れてんだ。現実を見るには緒梨は若過ぎたんだよ。


「ねぇ、金扇さん!」


「……なんだ。」


「わたし毎日が楽しいです!もう、大事な人が奪われないんです!ユウくんみたいにならないの!もう、わたしは『守られる側』じゃなくて『守る側』に行けるから!耳を塞がなくて良いんです!見ているだけじゃないんです!泣かなくて良いんです!」


燐にくる奴の思考なんて大体がイカれてる。特に、自分の意思で入る奴らは。けど、そういう奴ほど長く生きるんだから世界ってのは残酷なんだ。

だから、死んじまった。緒梨は世界から見てあまりにもまとも過ぎた。

緒梨から式が離れたんだよ。でも、それは式の意思じゃない。緒梨がそうしたんだよ。

馬鹿だよな。でもそれは、『人』にとっては美徳に見えてしまうもんだからあいつは神に愛されたんだ。

『なんで自分から式を離したか?』……それはアタシには言えねぇな。もっと適任がいるんでな。

分からねぇか?もっと頭を使え。惟芽胤、お前の近くにいる筈だぞ。……神野緒梨に愛された同級生が。


……ハハっ!やっと分かったか?んじゃ、話聞いて来いよ。難易度はかなりハードだぜ?覚悟しとけよ。口を滑らすな。殺されかねないから。

だって、乙梨紫音は神野緒梨を盲信しているんだからな。

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