第十四録 紡ぐ言葉はまだ軽く
今日もいつも通りに学校へ向かう。正直、頭も痛いし休んでも良いのだが金扇さんが、
「学校は行っとけ。勉学はしていた方が良い。……アタシみたいになんぞ。」
と妙に説得力のあることを言っていたので外に出た。
教室に着く。麻井を含む数人の男子生徒が挨拶をしてくるので軽く返事をして席についた。
学校生活を送る生徒の中には決まったグループがある。僕はどのグループにも所属していない。だけど上手くやれていると思う。
―チャイムが鳴った。
皆んなが席に着き、担任は朝のホームルームを始める。
今日の学校も変わり映えのない一日だった。
放課後、部活にも入っていないので真っ直ぐにあの場所に向かう。
記録書庫、だけど今日は先客が居た。
椅子に座り誰かの記録を読んでいるその人は間違いなく先日共犯者になってくれた金扇さんだ。
金扇さんは僕に気づいたのか記録から目を離し、顔を上げる。
「あぁ、来たか。……んで、教えるったって何すんだ?」
少し無理矢理のような条件だったけど金扇さんは協力的だ。こちらとしては都合が良い。
「先ずは、緒梨さんについて教えて欲しいんです。貴方から見た神野緒梨はどんな人でしたか?」
金扇さんは思い出すように目線を上に逸らし考えていた。そして、ただ思い出をなぞるように言う。
「『守るべき子』だったな。」
それが当然だったと言うように金扇さんは語った。
「何からかはよくわかんねぇけど、守らなきゃと思ったんだ。全ての穢れたものから『この子だけ』はって。……家にも燐にも縛られないで生きて欲しかった。」
残してきた未練を消化しきれないまま、彼女は言葉を吐く。
「神野家は燐の中だとかなりの古参ですよね。何か規定があるんですか?」
「あるよ。特に緒梨のとこはな。他の三家と比べてかなりの決まりがある。」
神を扱うのだからあってもおかしくはない。
ただ……
「他の三家の決まりは少ないんですか?」
以外だった。金扇さんは椅子の背もたれに重心を預ける。
「あるにはあるが少ねぇわな。アタシんことはほぼ自由だったし。まぁ、アタシが女だったからもあるだろうけどな。弟が生きてたら彼奴は大変だろうけど。」
金扇さんの弟、龍介は何年か前に霊となっている。面倒くさがり屋で決まりとかはあったとしても守らないだろう。
「龍介はそういうの嫌いそうですからね。朝木さんと任務に行っている時の方が性に合うでしょうし。」
「彼奴もアタシも自分が納得できねえ事には神経使いたくねぇんだよ。花奈と一緒にいる時の方が彼奴は楽しそうだったし。今も、ちょくちょく花奈の様子見に行ってるしな。」
ああ、まだ通ってたのか。きっと朝木さんが目覚めるか、死んでしまうまで通うんだろう。
「……健気ですね。」
「んなガラに見えねぇけどな。花奈は特別なんだろうよ。」
契約霊というものは契約者に執着するものが多いように感じる。賽代さんもそうだったが、龍介も大概だ。他にも、契約者が亡くなって気を落とす契約霊の話を聞いたことがある。
「龍介は、朝木さんに対しての罪悪感もありますしね。」
「彼奴は気張り過ぎなんだと思うけど……まぁ、アタシには関係ねぇか。」
金扇さんは薄情なようにも見えるが、人一倍情に厚い。だから余計な気をかけないようにしている。自分の行為が相手にとっての致命的な何かにならないように。
「……っと、話が逸れたな。んだっけ……?ああ、緒梨の話か。他に何が聞きたい?」
金扇紗子の発言には何一つ打算が存在しない。思ったことを言って、話したいだけ話す。彼女は馬鹿だ。だけど、前にも言ったように頭が悪いわけではない。彼女はいつだって相手に首を晒しているが、首を取らせるつもりはない。常に噛み付く準備をしている。
彼女と話す時、こちらからできることはただ慎重に冷静に罠を外すだけだ。
「お好きなように、貴方の語る神野緒梨が知りたいので。」
「そりゃ、難しいことを頼むもんだな。」
顎に手を当て考える金扇さんは見る人が見たら絵になる光景ではあるだろう。燐に来る人間は何故か容姿だけは恵まれている。……他のところも恵まれていたら良かったのに。頭とか……それはこの人だけか。
「おい、お前今失礼なこと考えてんだろ。」
「……さぁ?」
やばい、ばれた。勘は鋭いんだよな。この人。
「お前、後で覚悟しとけよ。……んで、緒梨の話だったな。アタシがメインで話すのは八から十四、燐に正式に加入するまでだ。良いな?」
十四歳までは燐には入れない。あまりに幼いすぎると自身で正しく選択することができないからだ。
幼少期から燐にいる子供は八歳の時に希望を聞き、十三歳まで燐に必要な知識を教える。そして、十四の誕生日を迎えたら正式に燐に入るかを自分で決断する。
生きる子供が後悔に囚われないために。燐は自分の意思での決定権を大切にする。それはきっと神野家であっても同じなのだろうか。
「……緒梨さんがどうやって燐に入ることを決めたのか。ということですか?」
「ま、そういうことだ。その上で緒梨がなんで死んだかも教えてやる。」
金扇さんは重心を起こして僕に向き合う。形の良い唇はこれから紡ぐ物語についての結末を楽しみにしていた。
「……語ってやるよ。神の愛し子について。耳掻っぽじって聞きやがれ。」
アメトリンのような目が過去を見て笑っていた。




