第十二録 緑の貴方は
あの日、ユウくんが死んだ日からなりふり構っていられなくなった。
初めに母様と父様に家のことを聞いた。神野家がどんな家だったか。わたしは何をしたら良いのか。全て。
分かったことは全部で四つ。
・元は神職の家系だったこと
・千年前の何処かでそこに陰陽師の血が混じったことで式が使えるようになったこと
・元々の燐での役割は神の力を借りて霊を封印すること
・適齢期になったら決められた家の人間と婚姻を結ぶこと
そこまで語った後に母様は、バツが悪そうに続けた。
「神野家の人間は必ず時雨に所属するの。時雨は神に愛された人間しか入れないから。」
「神に?」
「式のこと。式は八百万ある神の一柱の分身。神から受けた加護が具現化した姿よ。」
だから式は丁寧に扱わなければいけない。と言われた。
自分の部屋に戻り考える。くまさんは神様だったこと。神野家、時雨、神に愛された人間。不思議と腑に落ちた。
「時雨の人があんなに少なかったのは、そういうことだったんだ……。」
わたしはくまさんの目を見る。くまさん。わたしの式。わたしの神様。ずっと、そばにいた。わたしの加護。
わたしは恵まれている。燐というこの組織の中で、わたしのように両親がどちらも存命なのは極めて稀だ。その上、神さまがわたしを守ってくれている。
……でも、なんでだろう。
「全然、嬉しいって思えないや。」
わたしを見つめるかみさまはわたしのこの気持ちを分かっているようには見えなかった。
視点《神野緒梨》十七歳
あの時から約十年後。やっぱりというか、わたしは時雨の所属になった。
わたしの式はかなり力が強いようで十六歳の時にわたしは時雨の代表に選ばれた。
……偉いのはわたしじゃなくて、くまさんの方なんだけどな。
「……時雨は人が少ないからなぁ。」
そして時雨は短命だ。決して『神に愛されたから』ではない。時雨部隊で亡くなる人の大半は『慢心』だ。見放されるんだ。神様に。自分が特別だと驕り、神様に見放される。
だから、時雨部隊は自覚しなくちゃいけない。
わたしたちは守られているだけの人間だと。他の人たちよりもあまりに弱いのだと。心に刻まなくてはいけない。
わたしたちは神の子ではないことを。
今日は燐に新しい子が来る。霞隊が任務から帰る時に拾ったらしい。十四歳の少年だと。帰る家も分からないと語っていたらしく燐で預かることにした。意外と燐の子供達はそういう事情で入る子も多い。
研究室から資料をもらって、その子が待っている部屋に向かう。わたしは燐の説明役を任された。
安心してもらえるように優しい笑顔を作って話しかけよう。元気に挨拶をしよう。
扉の前に来る。驚かさないようにノックをした。
「……どうぞ。」
小さくて控えめな声が聞こえて来た。扉を開ける。中に居たのは亜麻色の子。白いシャツを着ていて、座り方から育ちが良いんだと見てとれる。
彼は顔を上げてわたしの目を見た。そう、目を見た。
「……はじめまして。惟芽胤です。よろしくおねがいします……。」
緑色だった。緑色の瞳。みどり、緑だった。
そのとき、ユウくんのことを思い出してしまった。
緑、緑の目。ユウくんと同じで、ユウくんよりも淡い色の緑の目。彼は淡い緑の目を揺らす。
心情を悟られないように彼に挨拶をする。
「初めまして。君に燐の説明する事を任されました。時雨所属の神野 緒梨。よろしくね。」
―嗚呼、また会えた。
わたしはこのとき自然と笑顔が出た。
―ゴッ。
本を落としてしまった。拾おうとして立ち上がるが目眩がしてよろけてしまう。
「……記憶を見た反動が……。」
頭が痛い。今、僕は何年分の記憶を見た?あまりに記憶が多すぎて、身体が持たなかった。ああ、くそ。今見た記憶の整理も出来ていないのに……。
―ぽた。
地面に血が落ちた。……鼻血だ。キャパオーバーだ。これ以上、緒梨さんの記憶を見れない。
視界が霞む。耳が遠くなっていく。平衡感覚が狂っていくのが分かる。
「……あ、これ。まず、い……。」
誰かが書庫の扉を開けた音がする。誰だ?よく見えない。声が不明瞭ながらも聞こえて来た。なんて言っているかは分かりもしないけれど。
訪問者に挨拶することも叶わず、目の前が真っ暗になった。




