第十一録 神の子
11話目。
《神野緒梨の記憶》
小さい頃からこの場所にいた。幽霊さんがいて、人が沢山いた。でも同年代の子、特に女の子はわたし以外にはいない。でも優しいお兄さんとちょっぴり怖いけど優しいお姉さんがいたから寂しくなかった。
それに、わたしには生まれた時からくまさんがずっと一緒だったから寂しくない。くまさんはぬいぐるみで、ふわふわの体をしてる。わたしは『くまさん』って呼ぶけど、みんなはくまさんのことを『シキ』って呼んでる。わたしのシキなんだって。シキってなんだろう。よく分かんない。
今日もくまさんと建物の中を歩いてたら、ユウくんを見つけた。急いでユウくんに駆け寄っていく。
「ユウくん!」
「緒梨ちゃん。こんにちは。今日も元気だね。」
ユウくんは緑の目をしていて、メガネをかけてるお兄さんで、薊ってところに所属してるらしい。いつも、赤い髪の尽くんっていう幽霊さんを連れて任務に行ってる。
「悠正。相変わらずちっこいのに懐かれてんな……。」
「まあ、もう一人妹が出来たみたいで嬉しいよ。」
ユウくんは幽霊さんと契約して戦ってる。霊装ってものらしい。変身するんだって。
「ねぇねぇ!ユウくん!変身するところ見せて!見たい見たい!」
「えー、ごめんね。今はちょっと難しいかも……。」
「見たい!見せて!」
ユウくんが変身するところが見てみたくて、何度もお願いする。そうしてたらユウくんは折れてくれたようで。
「うーん、じゃあちょっとだけなら……!っ痛!?」
「いや駄目だろ。」
たまたま通りかかったらしい紗子ちゃんがユウくんの頭を叩く。紗子ちゃんはユウくんと同じくらいの歳のお姉さん。いじわるだけど本当はちょっぴり優しい。
「痛ぁ……!かなおぎ〜、急に何するんだ!」
「ルール違反者予備軍を見つけたものでね。止めるには拳の方が早いんだよ。」
そう言って紗子ちゃんは手をグーにする。紗子ちゃんは口よりも先に手が出るところがある。乱暴だと思うけど。
「暴力反対だぁ……。なんでこんな野蛮なんだ……!」
「お前も普段似たような言動してるからな。アタシとどっこいどっこいだよ。」
ユウくんと紗子ちゃんは仲が良い。同年代だからかな?
「あっ!先生!」
一歩離れた場所で尽くんとお話ししているおじいちゃんの幽霊さんに話しかける。先生は紗子と契約している幽霊さんだ。
「神野家の娘か。どうした?私に何か用件でも?」
「先生!剣見せてー!」
先生は楽しそうに笑い、わたしの頭を撫でる。
「お前にはまだ早いよ。まだ神の子のうちは、な。」
「神の子?神様の子なの?」
一体どういうことだろう?
「幼子は7つまでは皆神の子なんだ。お前はまだ7つだろう?」
そう言ってまた先生は頭を撫でる。わたしは少しムッとしながら、
「あとちょっとで八才だよ!」
と言った。すると先生は大きく笑ってしまった。
「では、八つになって神の子から外れたら見せてやろう。約束だ。」
「ホント?じゃあ約束ね!」
「ああ、約束だ。」
そう話していると紗子ちゃんたちがこっちに歩いてきた。なんとか、じゃれあいは終わったみたい。
……いや、あれは終わってないっぽい。
「……〜だーかーら!!テメェがルール違反すっと同期のアタシまで白い目で見られんだよ!理解できねぇほどテメェのおつむはすっからかんなのか!?」
「だとしても!それが暴力を振るって良い理由になる訳がない!!お分かり頂けたかなぁ!!野蛮人!それと、今後誰か君に何か言ってきたら僕の方にも連れて来い。そいつの口二度と開かないようにしてやるから。」
「脳筋野郎を黙らせるための最適解だよ!!言葉だけで止まらないって分かってっからしてんだ!あと、アタシになんか言ってきたやつはお前にやる前にアタシがボコしてっからやらんでいい!!」
尽くんが『よく飽きねぇな』って顔で二人を見てる。先生は少し呆れているようだった。剣山さんはため息を吐いて静かに息を吸った。
「……金扇。」
「……んだよ。ジジイ。」
紗子ちゃんは先生が呼びかけると直ぐにおとなしくなる。主人に待てをされた番犬みたいにぴたりと。
「榊もだ。」
「でも、先生……!」
先生が人差し指を立てる。すると二人とも静かになった。
「『理ないものは……」
「人ではない』」
「『言葉を捨てれば……」
「獣同然』……ですよね。分かっています。」
先生が二人を叱るときはいつもその言葉を言わせている。剣山さん自身がよく言っているらしい。意味はよく分かんない。
「よく出来ました。」
「神切先生よぉ、アンタまだその指導してんだな。」
尽くんはびっくりしたように先生を見る。そういえば尽くんも先生の教え子だった。
「やはり、覚えているものか。賽代の娘も覚えておったぞ。」
「アンタに教わった奴らはみんな覚えてるよ。」
ここには先生の教え子が多い。勉強とかより、精神を鍛えるらしい。わたしも先生に教わるのかな。だったらいいなぁ。
それも全部八才になったら叶うんだよね!
「あっ!ヤベェ、クソ野郎に呼び出されてんだった。」
「賭さんのことそう呼ぶのやめた方がいいよ。早く行って来な。」
「てか、次薊の奴ら全員研究室に集合だぞ。」
「マジか!?急がねぇと!じゃあな!緒梨。」
「ばいばーい!」
そう言ってみんな慌てて行ってしまった。残ったのはくまさんとわたしだけ。
「くまさん、お部屋で遊ぼっか。」
そのあとはくまさんを連れてお部屋でおままごとをした。
「今度会ったときに、ユウくんたちと遊ぼう。」
きっと近いうちにまた会えるだろうから。
ある日いつものように目が覚めた。くまさんに挨拶をして、父様と母様にも挨拶をしようとした。
「母様……?あれ、居ない……。」
父様も何故か居なくて、しょうがないから部屋の外に出た。もしかしたら燐の建物の中を探せば居るかもしれない。
そう思って扉を開けた。
「……っ誰か!!管理システムの復帰に手が回るやつは居ないか!?」
「一部の薊の契約霊が暴走して無理だ!!暴走してない奴らは全員、榊と高田の援護に行ってる!!他を当たってくれ!」
「なんでこんな日に限って霞がみんな任務に出てるんだ!!……時雨!時雨は使えるか!!」
「駄目です!みんな式が応答してくれない!!異常に管理室を怖がってる!!」
目の前を通る人達の怒号、怒号、怒号。嘆き。
さっきまで静かだったのに扉を介せばそこは地獄で。……とても怖かった。
「……っ!」
逃げるように部屋の扉を閉めた。静かになるまで、みんなが落ち着くまで外に出たくなかった。ずっと扉のそばで事が落ち着くのを待った。
くまさんは少しだけわたしの心を落ち着けてくれた。
「……もう、大丈夫かな。」
そう思い扉を開ける。そこには先程までの光景からは想像つかないくらいの静かさが漂っている。
さっきまでは居なかった霞の人や薊の人たちが帰って来ていて、もしかしたら紗子ちゃんとユウくんもう帰ってきたのかなと思った。
「ユウくんたち、どこにいるかな。」
建物の中を歩いていると研究室の近くに人が集まっていた。その中に紗子ちゃんもいる。
「……紗子ちゃん!」
駆け足で紗子ちゃんの元に行った。紗子ちゃんは呆然としていたけど、わたしに気づいたのか驚いた顔をしていた。
「……っ緒梨!」
紗子ちゃんは直ぐ顔を青くして、わたしを抱き寄せた。そして「聞くな」と言った後にわたしの耳を塞いだ。
その行動があのときはまだ分からなかったけど、今ならもう理解できる。きっと見せたくなかったんだろう。あの光景の惨状を。
けどね紗子ちゃん。いや、金扇さん。わたし、聞こえはしなかったけど、見えていたんです。何があったか見えていたんです。
綺麗な女の幽霊さんが鎖に繋がれてどこかに連れて行かれるのを見た。その幽霊さんは話したことはないけど見た事があった。よく覚えていた。
―あ、賽代家のひとだ。
母様から聞かされていたから。燐を設立したときに最初に上に立った4つの家のこと。
わたしのご先祖様の神野家、天威家、金扇家、そして猫田家。賽代家は猫田家の分家というものだと聞いた。
「賽代家は昔、猫田家の身代わりみたいなものだったのよ。でも燐は実力主義だったからね。優秀さが買われて燐の中での立場も強いものになった。凄い家なの。」
そう聞かされていた。でもその後すぐに母様は、「もう、機能しないかもしれないけど。」と言っていたのが頭に残っている。
賽代の幽霊さんを、見る。聞こえはしないけれど、何かを叫んでいるのが見てとれた。
叫ぶ賽代の幽霊さんに一人の男の人が近づく。研究室の室長さんだった。なんで室長さんが来たのか直ぐに分かった。だってよく似ていたから。この人も賽代家のひとだと分かった。
ああ、賽代の幽霊さんが問題を起こしたんだ。だから責任を取るために賽代家がここに来た。
家の者が問題を起こしたときに真っ先に動くのは『家』だと父様が言っていた。
そのまま賽代家の幽霊さんは何処かに連れてかれた。残った人たちはまだ慌ただしそうに動いている。紗子ちゃんが安心したようにわたしの耳から手を離した。
そのとき、竜胆の人たちが何かを担いで通り過ぎた。
わたしはその何かを見てしまった。顔を、目を。あの緑を。
「……ユウくん……?」
間違いなくユウくんだった。優しくて、かっこいいユウくんだった。
耳を塞がれていないから知ってしまった。あのユウくんからは一切呼吸をする音が聞こえないこと。目が見えるから分かってしまった。あの綺麗で、大好きな緑色の目に光がないこと。
馬鹿じゃないから繋がってしまった。賽代の幽霊さんが、ユウくんを殺したこと。
もう、八つになったから気づいてしまった。ユウくんが初恋の人だったんだと。気づいてしまった。初めての嫌悪という感情に。気づいてしまった。わたしはもう神の子ではないんだと。気づいてしまった。気づいてしまった。気づいてしまった。……気づいて、しまったんだ。
くまさんの目がわたしの目を見る。くまさんは初めて、自分から動いてくれた。このときにわたしの『式』が完成した。
わたしの式はそのふわふわの手でわたしの涙を拭った。
いつのまにか、わたしは泣いていたらしい。
「……これは、気づかなかったなぁ。」




