外伝 ~七夕の客人~ 第6話~
千鳥地区の名所、親子地蔵の前で涼はほむらに怒られていた。
「ぬしがむずがっておったから、チドられたではないか」
なにを怒っているのか判らない涼は、首を傾げしまっていた。
それだけではない。
のぞみに連れられて来た時に、感じた違和感が無くなっていた。
(あれは、気のせいだったのか……)
「むう。これで我は不利になったか」
(いや、違う。気のせいじゃない)
かすかに残るおかしな感覚が幻覚では無いと言っている。
親子地蔵の手に、痕跡とも言うべき名残りあった。目に見えている訳ではないが、確かにそこにあると感じていた。
普通に考えれば、感じる事がおかしいはずなのに、涼は感じる事がおかしいとは思っていない。
「聞いておるのか。涼」
耳元で聞こえたほむらの声に、涼が驚いて横を向く。触れ合うほど近いところに、紅の瞳があった。
射抜くような強い眼差しに、涼は動けなくなる。
「聞いておったのか?」
動けない涼に、ほむらが再び繰り返した。
「ああ……」
かろうじて声が出る。
その心もとない声にほむらは、溜め息をついていた。
「我に見惚れておったか?」
そうだとも、違うとも言えない。
人にあらざる者であるほむらに、引き寄せられている事が、自分でも信じられなかった。
「ほむら……」
真っ直ぐ射抜く瞳は、揺るぎもしない。その事を羨ましく思いながらも涼は尋ねた。
「教えてくれ。俺は何に巻き込まれた」
「まだわかっておらぬのか。ぬしは……」
ほむらの口の端が少し持ち上がる。
「七夕に巻き込まれておる」
がっくりと涼の肩が落ちかけた。
七夕とは何だ、と言う意味で尋ねているのに、答えが返ってこない。
昨日から同じ事の繰り返しだった。肝心な事を手に出来ないもどかしさが、涼を前に進めさせなくしている。
誰かどうにかしてくれ、と叫びたくなる衝動を抑えるにも限界があった。それが近いと自覚はしている。
「まあ、よい。次に行くぞ」
あっさりと、ほむらは踵を返した。慌てたのは涼である。
「ちょっ、ちょっと待て」
「何を待つのだ?」
立ち止まったほむらが振り返った。
「いったい何なんだ。ここにあったものは?」
「わかるのか。ぬしは?」
目を見開いてほむらは、涼を見てしまう。
「わからないが、おまえと同じようなものだろう」
「ぬしは、本当に人か?」
「なんだ、それは」
呆れたような涼に、ほむらは腕を絡ませて歩みを進めていた。こんな話を、人通りの多い場所ですべきではないと、二人ともわかっていた。
「我は運が良いのかもしれぬ」
「どこがだ。俺には不運としか思えない」
「我のようなものが傍にいるのは、不運か?」
見上げてくるほむらに、涼は言葉につまる。
美人と呼べる顔立ちとスレンダーな肢体、自分の恋人がこの容姿であれば、十分人に自慢できる。
外見だけで言えばだ。
しかし、中身が人ではないとなると話は別である。
だが、他人から見れば、贅沢と罵られる事になるはずだ。
こいつ本当に男か、などと言われるのがオチである。
何も言わない涼に、ほむらは目の前にある受付へと足を運んでいた。
「せっかくゆえ、出てみると良いであろう」
溜め息が涼の口から出てしまう。
眼の前の受付には『タイムトライアル―コーラ早飲み―』とあった。
十秒以内で十ポイント、以下一秒過ぎる度に一ポイントの減点。二十秒過ぎれば〇ポイントになると書いてある。
現時点での最短記録は、四秒五であった。ほとんどの者が、十秒前後なのに対してこの数字は、驚異的な記録といえる。
「出るのか、俺が?」
半信半疑で聞いてみた。
「かまわぬであろう。次に向かう前に、試してみれば良い」
「急いでいるんじゃなかったのか?」
「そのくらいの時間は問題あらぬ」
「…………」
黙って溜め息をついた涼は、諦めたように受付へ向かう。
笑ったままのほむらに、何を言っても無駄と悟るには、時間は要らなかった。
流されたくはないと思っていても、自分の置かれた状況がわからなく、先に進むにしても、ほむらが動かなければ先に進めない。
人任せと言うのは、あまり気に入らない事だった。
コーラの早飲みなど久しぶりだったが、昔は良く五百ミリ缶を一気に飲んだ事もある。それを思えば、三百五十ミリ缶ならたいした事ではなかった。
結果は五秒二。最短記録に近づく記録だった。
「人には、何かしらの取り柄があると聞いておったが……ぬしにも取り柄があった。と言う事であろうな……」
しみじみと言うほむらに、涼は溜め息をつくしかない。
実は、炭酸飲料を一気飲みしたおかげで、のどが痛くて何も言えなかっただけだった。
無理して飲み続ければ、咳き込んで噴出してしまう事もある。だから、タイムアタック競技にもなっている。
「では、次に行くぞ」
何がおかしいのか、笑ったままほむらは涼の腕を取って引っ張って行く。とはいえ急いでいる風でもなく、ゆっくりと回りにある競技を物色しながらであった。
結局、午前中は千鳥区で行われている七夕祭りの競技を、四つも参加してしまった。
早食い競争――量はたいした事はないが、ポイントの時間制限が厳しい。
金魚すくい――一枚のポイで何匹すくえるか。
射的――落とした物によってポイントが違っていた。中には大穴もあるらしい。
そして、なぜこんなものが、と言うようなものまであった。
全般的に個人競技が多いが、中にはチーム戦もある。三人一組や四人一組、最大で十人一組まであった。
なんだかんだと言いつつも、涼はほむらに促されて溜め息をつきつつ、競技に参加してしまう。
本人が望むまいとお構い無しに、いつのまにか受付にエントリーを申し込んで、慌てて涼が参加する事もあった。
「おい。次に行くんじゃなかったのか?」
昼食を屋台で済ませ、午後も二つ三つ競技に参加してしまった涼は、じれたようにほむらに問いかけていた。
「楽しくあらぬか?」
「そんな事じゃないだろう。おまえは、目的があって動いているはずだ」
「せっかちな殿方は、女子に嫌われる。知らぬのか」
笑いながら言うほむらに、涼は頭痛を感じたように片手で顔を押さえてしまう。
「何が言いたいんだ、おまえは」
「楽しむべき時は、楽しむべし。そう言わぬか」
するりと腕を絡めてくる。
口元に笑みを浮かべて見上げてくる紅の瞳、人の身体を持つ人にあらざる者とわかっていても、引き込まれそうになっていた。
二十歳の男には、抗いがたい魅力を感じてしまうほどだった。
(なぜだ……なぜ、ほむらを拒絶できない。なぜ、俺は惹かれる……)
受け入れかけている事が、自分でも信じられない。
肌を重ねてしまったからか、それとも何か自分でも気が付いていない理由からなのか、判断がつかなかった。
次にほむらが向かったのは、日刈区の日輪寺である。
境内は、玉砂利と石畳で整地されてすっきりとしており、寺は建立されてずいぶんと経つような古いものではあったが、威厳と言って良いほどの趣さえがあった。
ほむらが向かったのは本堂ではなく、その隣にある樹齢数百年を超える大樹である。ご本尊とは別に、御神木と言われるヒノキが日輪寺にはあった。
「ここも取られて……?」
呟くほむらの首が傾く。
「違うな……我の相手は日刈の者か……」
千鳥と違い日刈には名残りが無く、消えていたと言って良い。何なのかわからない涼は、ほむらに尋ねるしかなかった。
「何を探している。ここに何があった」
「カケラ。サカイには、力を現すカケラが七つほどあるのだ。目覚めた存在はカケラを求め、手にする事をのぞみ行動する」
振り返ってほむらは答える。
理解できない涼は、再び頭痛がしてくるのを感じた。
本当に状況が読めない、ほむらの言葉を理解できない。いったいなにがしたいのか、どうすればどうなるのか、わからなかった。
つまるところは、七夕とは何だと言う事である。そして、ほむらが自分に何をさせたいのかと言う事だった。
睦めば良いと言うが、それだけではないはず。他に役割があるはずだと、涼は思っていた。そうでなければ、ほむらがこれほど涼と一緒にいるはずがない。
わからない。いや、知らないと言った方が良いのかもしれなかった。
それが多すぎた。
断片的教えられても、それすら小さい断片にしか、涼には思えないのである。
「相手って、おまえが言っていた戦う相手か?」
「それ以外におるとでも?」
呆れた顔が見返してきた。
「力のカケラは何だ?」
「力のカケラは、力のカケラであろう」
再び呆れられてしまう。そればかりか、やれやれと首まで振られてしまっていた。
そのひどく人臭い行動に、涼は戸惑いを覚えてしまう。
「ぬしは、アホウであったな」
ほむらは、思い出したように頷いた。
「力のカケラは、我ら七夕の存在を強くするもの。客人とは違う力の事を示すのだ」
「客人とは違う力……?」
「うむ。それゆえ、手にする事が必要と言えるのだ。全てを手にするか、一つ二つを手にするかで、戦う力は大きく変る」
「つまり?」
尋ねる涼に、ほむらは口を開きかけて何も言わずに閉じると、盛大な溜め息をついている。次に口を開いた時は、完全に呆れた声になっていた。
「ぬしは……本物のアホウであるな」
がっくりと涼の肩が落ちる。
涼にわかっている事は、まだ少なかった。それでアホウと言われても、何も言い返えせない。いや、返す言葉はあるのだが、無駄と知るだけの知恵はあった。
流されるだけの状況は、好きではない涼にとって面白くはない事だった。
「カケラを手にする事で、我は強くなる。手にできるかどうかで、有利不利が決まるといっても良いであろう」
「なければ負ける、か?」
「どうであろうな。カケラを手にせずとも、勝てるかなどはわかりはせぬ。我にはカケラの存在が、七夕の存在である我を強くするとしか知らぬ」
「実は、おまえも良く知らない。そう言う事か」
涼に指摘されたほむらの顔が、ムッとしたようになった。
なるほど。それならほむらに尋ねても、はっきりとしなかった訳だと納得する。
決まり事しか知らなければ、涼の問いかけに対しても答える事が出来ないと言う訳だ。
知りたい事を手に出来ないのは、ほむらも同じ事だった。ただ、七夕の間、何をすれば良いのかを知っているのは、ほむらである。
溜め息が出てきた。
結局は、ほむらに付き合うしかないとわかってしまう。
状況が変るまで、次の行動ができないとなると、今後の行動に、差し支えが出てくるのではないかと感じていた。
臨機応変は苦手ではないが、ここまでわからないと、それすらおぼつかなくなるのではと不安が残る。
「残る三つも回るのか」
「もちろんの事。一つで手に入れておく」
「手に入らなければ?」
「どうにかなるであろう。我は消滅する気はないからの」
「負ければ消滅する、か……」
何度聞いても理解できない。
むしろ、本当に消滅してしまうと言う事が信じられなかった。信じられない事を理解しろとは無理である。
納得するしない以前の話だった。
残る三つの地区を巡っても、結果は同じであり三つとも力のカケラは、すでに取られた後だった。
「全て取られておったか……」
「不利か?」
「おおいに、か?」
頷いたほむらは首を傾げている。
自分でも不利なのか、良くわからないようだった。知識としては不利とわかっていても、信じられないようである。
「で、次はどうなる?」
「どうなる?」
おおむ返しに尋ねてくるほむらに、涼はまた頭痛を感じていた。
「この後は、ただ七夕が過ぎるのを待つのか。それとも、戦う相手とやらを捜すのか?」
「おお、そうであったな」
ぽんと手を打つほむらだった。
気力が萎えた涼は、座り込みたい気分になってしまう。
「このままでよい。我らが相手を捜す必要はあらぬ」
「なぜ?」
「ぬしは、アホウのうえマヌケでもあるとは、情けなくは思わぬのか」
「そこまで言うか?」
「言わせておるのは、ぬしであろう」
「おまえはわかっていても、俺はほとんど何も知らないんだ」
「わかれ」
言い切られてしまう。
うっ、とつまった涼は、ほむらを見たまま大きく息を吐いていた。そして、首を振ると言う。
「あのな。おまえは俺に何を求めている。何も知らずに、全てをわかれとでも言うのか」
「何も知らぬと?」
ほむらの顔が驚いたようになった。
「ぬしは、もう知っておるではないか。それとも、ぬしは気がついておらぬのか」
「何を言っている。俺は……」
戸惑った涼の言葉が止まる。
『もう、知っている』
その言葉にどきりと心臓が跳ねる。
いったい何を知っていると言うのか、涼は考え込むように動きを止めた涼に、ほむらが笑って再び腕を絡めてきた。
「考えても判らなければ、考えずとも良い。ぬしは、そのうち理解するであろう。今は、我に付き合えばよい」
承服しかねる涼を、ほむらは腕を絡めたまま歩き出す。引張られたように、涼の足が前に出ていた。




