外伝 ~七夕の客人~ 第7話~
このままで良いのかと、涼は本当に不安を感じていた。
ほむらに連れ回された二日間、やった事は七夕祭りに参加する事だった。肝心の七夕に関しては、少しも進展はしていない。状況に流されても、何も解決しない事は良く知っていた。
わかっている事は多くない。
ほむらが人ではない事、倒すべき敵がいる事、七つの地区にあったと言う力のカケラの事。そして、力のカケラは器を得て、人と交わる事で力をつけると言う事だった。
一番肝心な事、七夕とはいったい何だと言う事が、わかっていない。
さらに言えば。
「何をしておる」
思考の途中で見計らったように、ほむらが声をかけて来る事である。
「考えても始まらぬ。今は待てばよい」
「あのな……」
「答えの出ぬ事を気にしておっても進めぬ。ぬしは、その時が来ればわかるであろう」
「その時は、いつだ?」
「すぐにわかる。ぬしは、我の客人ゆえな」
少し首を傾げてつづける。
「ぬしがアホウでもマヌケでおっても、わかるものよ」
涼は溜め息が出てくるのを止められなかった。
そんな涼に、ほむらは覆い被さって行く。
胸に頭を乗せて瞳を閉じると、鼓動が聞こえてくる。生と言う力強い鼓動は、ほむらの胸を温かくしていた。
不思議なものだと、ほむらは思う。
人ではない自分が人の身体を持つ事で、今までに感じた事の無い思いを抱いていた。器の記憶がそうさせるのか、それとも七夕の存在が、そうさせるのかはわからない。
確かな事は、涼が客人である事を嬉しく思う心だった。
心。
感じた事の無いそれを、確かな手応えとして感じる事が新鮮だった。
器の記憶は役に立つ。
知識としても、また回りに溶け込むためにも、例え七夕かぎりの存在だとしても、何も知らないよりはましだった。
幾度と無く繰り返してきた七夕。
今回のように器を得た時も、力のカケラであった時もある。その度に器と客人の命が、七夕の終わりと共に消えていくのを見てきた。繰り返す七夕に意味が見えなかった。
意味の無い繰り返しを、終らせたいとほむらは思っている。だが、今まで終らせる者は現れなかった。
再び、七夕が繰り返される事になるのかと思っていたが、今回の客人は終わりを示す者であり、傍にいる。
だからほむらは、客人と長い時間を共にしていた。
しかし、その事を本人は気がついていないようようだった。本人が気づかなければ、効果は出ないはずであり、それが七夕の決まりでもあった。
願う事も初めてである。
涼と一緒にいると、初めての事が多くあった。それが嬉しくあり、このまま続かないかと思っていたのである。
人にあらざるものであるほむらとって、叶う事のない願いと知っていても、願わずにはいられなかった。
「ぬしは、不思議な客人よの」
「どこがだ」
「我が傍におっても、拒絶せぬ。こうして肌を重ねておる」
涼の胸から頭を上げて、ほむらは微笑んでいた。ほむらは自分が微笑んでいる事に、気がついていない。
涼の右手が上がって、ほむらの紅の髪に指を絡めていた。
「男はな。良い女に弱いんだ」
きょとんと、ほむらの首が傾く。
それを苦笑するような笑みで涼は見ていた。
たった数日、それで涼はほむらを受け入れてしまっていた。こんな耐性が。自分にあった事に驚いている。しかもそれは、いやな事ではなかった。
「おまえ。自分が、どれほど良い女なのか、わかっていないだろう」
「意味がわからぬが?」
「駅前でも、道端でも人待ち顔で立ってみろ。ナンパしてくる男は多いぞ」
「ナンパ……? 殿方が女子を誘う事か?」
「ああ。街を歩けば、十人が十人ともおまえを振り返る。外見で言えばな」
「ぬしは、その中に入る、か?」
いいやと涼は首を振っている。
「俺は、不本意だが、もうおまえの傍にいる」
望んでいた訳ではないが、そうなってしまっている事に納得していた。
「それが我を拒絶せぬ訳か……何と言ったておったか……おお、そうであるな。毒を喰らわば皿まで。そう言うヤツじゃな」
思わず涼は噴出した。
どこからそんな言葉が出てくると思ってしまう。そして、ほむらに笑わせられる事になるとは、思ってもいなかった。
笑える自分がおかしい。
「まいったな……」
呟く涼の手は、ほむらの頬に触れたままだった。
手に触れるほむらの頬は、確かに生きている女を感じさせ、人ではないはずなのに人にしか思えない。
同時に、恐い思いも感じていた。
ほむらは神崎のぞみの記憶を、持っているのではないか。思いたくはないが、どうしても頭から離れなかった。
言葉を濁していたが、ほむらを拒否できない事に対しては、他に理由があると知っている。それが何なのか、自分でもわかっていない事が気になっていた。
こんな非常識を受け入れている、と言って良いほどの状況に自分がいるとは信じられないのである。
恐ろしさや怯えると言った恐怖に類する感情が、ほむらに対して湧き上がって来ない事が不思議だった。
自分を含め、生きていようが死んでしまおうが、どうでも良いとは思っている事は確かである。が、これはそのどちらでもないとわかっていた。
だから、困って呟いたのである。
薄暗い部屋で、甘美な吐息を漏らす青年と馬乗りになる女がいる。女は身体を丸めて、青年に覆い被さっていた。
「あなたは特別……」
「僕は……特別……」
「その力は強大……」
「力は……強大……」
吐息の合間に、女の言葉を青年は繰り返している。青年の瞳は何も見ていないように、空を見つめていた。
繰り返す青年を、女は口元を歪めて見ている。
女の身体が起き上がり、青年の腹に手を埋めて行く。痛みを感じていないように青年は、甘美な吐息を漏らし続けていた。
青年の腹から女が手を引き抜くと、脈打つ肉の塊がその手の中にあった。
女は脈打つ肉の塊を口元に運ぶと、喰らいつく。溢れる温かい液体が、女と青年の身体を濡らしていた。
租借し嚥下する。
再び租借し嚥下した。
繰り返して続けられる。
それは、手の中の肉の塊が無くなるまで続けられた。
女は満足そうに頷くと、青年の耳元に口を寄せる。
「あなたは私に力をくれる人……あなたがいなければ、私は死ぬの……」
「まかせて……くれ……僕が……キミを……護る。僕は……強いから……」
女の口元が歪んでいた。
女にとって青年は餌でしかない。死なせずに長く味わう事が、己の飢えを満たす方法だと知っていた。
喰った臓物を仮そめの物に置き換え、意のままに動かす下僕にする。
女にとって青年は、たたの使い捨ての駒だった。




