外伝 ~七夕の客人~ 第5話
涼は、自分が何に巻き込まれているのかわからなかった。それでも、非常識な事に巻き込まれている事だけはわかる。
状況が読めない、情報が少ない、自分のすべき事が見えてこなかった。このまま七夕が過ぎるのを、待てばよいと言う事ではないと思っている。
巻き込まれているのなら、何かしらの役割があるはずだと思っていた。
運命だとは思ってはいない。
人にあらざるものが関わる七夕と言うものを知ったからには、そのままにする事はできなかった。まして自分が当事者の一人なら、知りませんでしたでは済まされない。
ほむらに尋ねても返ってくる言葉は、ある程度予測できた。ほむら以外に七夕の事を知っている者は、神崎家の者しかいないと思っていた。
かりに知っていたとしても、神崎家の者が自分に話してくれるか、また本当に知っているのかは、今朝の態度からははなはだ疑問である。
そんな事を考えていた涼は、辰巳神社の境内いた。そばにほむらはいなく一人である。
「キミ、いいかな?」
近づいてきたのは、のぞみの兄の孝雄だった。
「何か?」
「そう、かまえないでくれないか」
孝雄の顔に苦笑らしきものが浮かんでいる。
「僕らはキミを歓迎していない。それはわかっているだろう」
「何が言いたい」
「キミが来たおかげで、のぞみが死んだ。あの女はのぞみじゃない」
一目見れば、ほむらがのぞみではない事はすぐにわかるはずだ。家族ならわからない方がどうかしている。わかるからこそ、家族なのだ。
だから涼は、自分が責められていると感じた。その顔、その瞳がなによりも雄弁に語っている。
「キミが来なければ、のぞみは死なずにすんだ……」
「だから、何が言いたい」
「辰巳の祠で何があったかなんて、どうでも良いんだ。僕らにとって大事な事は、のぞみが死んだと言うことだ」
祠のぞみがほむらに取り付かれた事を、どうでも良いと言う孝雄に、呆れてしまった。それが原因で自分は、頭を抱えたい状況に陥っているのに。
「回りくどく事はやめて、はっきり言ったらどうだ」
「帰ってくれ。坂井から出て、二度と来ないでくれ」
せせら笑いしか出てこなかった。
「勝手な事を言う。七夕の間、坂井から出れなくさせたのはそっちだ。あんた達が歓迎しようがしまいが、俺の知った事じゃない。俺を巻き込んだのは、この状況になったのは、あんたの親父さんだろ」
「それでもキミがこなければ、のぞみは死なずにすんだ」
堂々巡りになると思った。さっきから孝雄は、のぞみが死んだとしか言わない。ただ単に涼を責めたいだけとわかってしまった。
かつて幼馴染の少女と両親を失った時、生き残った者達が起こした裁判で、責任が誰にあるのかを論争していた時と同じようなものである。
起こった事は戻せない。繰り返す論争が意味のない事だと知るには、時間は要らなかった。
責任が誰にあるかよりも、どうすれば無くなるのかを考えるべきだと、幼いながらに思ったのである。
神崎家の者に、七夕の事を尋ねるのは無駄だと悟った。ならば、神崎家の者と話す事はなにもない。
「言いたい事は、それだけか」
声のトーンが落ちてしまう。
現状をどうにかしたいのに、眼の前の男はすでに起こった事を非難している。
それでは何も変らない、変えられない。意味さえない事だった。
「なぜ、坂井にきたんだ。キミさえ……」
意味の無い事を言われても、笑い話にもならない。涼が知りたいのは、自分が何に巻き込まれたのか、その手掛りとなるべき事だった。
だから。
「失せろ。おまえには用はない」
「なにを。キミこそ出て行け」
座っていた涼は、ゆっくりと立ち上がった。
のぞみが勘違いしたように、涼は無言でいると鋭い目つきと合わさって、威圧感を相手に与える顔つきになる。
一歩、涼が近づくと孝雄の足が下がった。
「ここにおったか。涼よ」
ほむらが近づいて来る。
声をかけられるまで、気配を気がつかせなかったほむらに、半ば驚きつつも涼は孝雄から視線をはずさなかった。
「さあ、行くぞ」
と腕を取られた涼が、踏鞴を踏む。
「おい、ちょっと待て」
「待つ事などあらぬが?」
待ったをかけられたほむらの首が傾いた。
「どこに行く」
「チドリに行くに決まっておるではないか」
当たり前の事を聞くなとでも言うようなほむらに、涼は頭を抱えたくなる。
「わかるように言え」
途端に、ほむらの顔がぽかんとなった。そして、得心したように頷いて笑う。
「ぬしは、アホウであったな」
この状況でアホウと言われても、返す言葉がなかった。ただ、頭痛を感じ始めただけである。
何も知らない事をアホウと言うのなら、その通りだとしか言えなかった。
腕を取られたまま、涼はほむらに連れて行かれたのである。




