第三話 港町ヴァローニュ その4
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そは、はるか昔の物語
英雄カナンに恋せし乙女の物語
大帝国ロマーナに反旗を翻し時
カナンの元にただ一人
名も無き乙女が付き従ふ
乙女の剣はカナンを守護し
乙女はカナンに王冠を授けたもう
世界に獣がはびこりし時
カナンは彼らに立ち向かふ
カナンの傍にはただ一人
名も無き乙女が付き従ふ
乙女の剣はカナンの剣
乙女は人々に勝利を授けたもう
カナン今まさに死せんとせし時
乙女は涙を流し別れを告げる
カナン今まさに死せんとせし時
乙女に名を問ひて
それに答へて乙女は言ふ
そなたを愛せし者はブリュンヒルデ
愛しきそなたの約束を破りし裏切り者のブリュンヒルデ
我は天より落ちし女神の化身なり
カナン英雄伝より抜粋____________________
イヴァンの心配をよそに、結局何も起こらず翌日に騎士隊、翌々日にはいくつかの小隊と、司令部隊との合流を果たし、 全校生徒が合流したのはそれから一週間後だった。その後、勤務は24時間態勢となった。
全校生徒がそろった頃合を見計らって、早朝に全隊の隊長と副隊長が警備隊詰め所に集められた。
イヴァンが詰め所の中に見知った顔の連中を見つけるが、司令官たるベネディクティス先生の表情を見ると、世間話でもしようかという気分も失せるというものであった。
それほどに張り詰めた空気が警備隊に漂っており、司令以外の教師もみな一様に曇った表情をしていた。
とりあえず全員そろったのを司令部員が確認したのち、ベネ先生がメガネの位置を直し、ようやく口を開いた。
「今日皆を集めたのは、賊の件ではないし、ましてや説教する為でもない」
それじゃあなんで、と生徒達は顔を見合わせる。
「大陸西部にフォルティアという王国がある。その国がセウタ族を完全に制圧した」
その話を聞いた途端、詰め所にどよめきが走る。
それもそのはず、セウタ族は大陸中央部に勢力を持ち、大陸の国家を東西に二分し小揺るぎもしない大勢力。 だが実際は、山岳や砂漠などで大陸東西から隔絶された場所、ともいえるが、セウタの七部族は一人の大王によって統治され、その力は絶大であった。
いにしえの時代、英雄カナンが、セウタの大王を従属させた。
長い歴史の中、その一回しか決定的な敗北を知らないセウタ族を、征服するのがどれだけ大変な事か、土地の広さだけで言っても大陸東部全体ほどもあるのだ。
「まだ、話はおわってないぞ」
ベネ先生は厳しい表情で生徒達をたしなめる。
「総大将は皇太子フェリオス、指揮官にレトミア公爵とメイア侯爵。いずれもフォルティアの六武神と呼ばれ、大国フォルティアの礎を築いた名将だ。特にメイア侯爵は人格高潔にして、名将としても名高い。そして現在彼らは、セウタ族との国境沿いにあるグラナド王国と戦闘状態にある。」
それを聞いた生徒達は静まり返り、物音一つ立てずベネ先生の次の言葉を待った。
「彼らの大義名分は、東部統一、つまり我々も標的の一つという事だ。諸君も判るとおり、これはもはや大義名分など関係ないと宣言しているようなもので、これは大陸東部諸国全体への挑戦だ。そして彼らは全てを敵に回しても、勝てると思っている、ということだ」
途中でいつもの授業かと思うような調子で講義をするベネ先生。だが依然表情は険しく、真剣に話しているのはわかる。
セウタ族を征服するようなやつらに勝てるのか…、それが生徒達の表に出せない率直な感想であった。
「フォルティア軍の兵力はおよそ4万。それにセウタ族が2万の合計6万。対するグラナド王国は2万だ。そしてグラナドが負ければ生き残った兵はフォルティアの先兵となって隣の国に襲い掛かってくるだろう。それを2回繰り返せば我が王国に届く。ちなみにこの情報は一ヶ月前のもので、今グラナド王国がどうなっているかは判らん。」
ベネ先生はそこで一旦話を切り、生徒を見回すと今度は笑みを浮かべ、いつもの口調ではなく、女らしい口調でしゃべりだした。 「いまこんな話をしたのはね、いつ緊急事態が起こってもちゃんと心構えをしっかり持って事に望んで欲しいからよ。フォルティアがもし、フォッジアスに来たなら彼らに見せてやりなさい。フォッジアス兵学校の生徒とその卒業生で組織された軍の強さをね。わかった?」
「「はい!」」
生徒全員が同時に返事をする。
「声が小さい!!」
「「はい!!」」
「よろしい」
二度目の返事で満足した先生はまたニコリとした。
「では当番兵は任務に就け。今聞いた事は他の生徒にも話してやれ、どうせ町の商人連中なら知ってる話だ。秘密でもなんでもない。話は以上だ、解散!!」
生徒達は一斉に敬礼をして詰め所を後にする。
イヴァンとベルティーナは細い街路を並んで歩いた。
複雑な思いで考え事をしていたイヴァンはベルティーナに肩を掴まれちらりとベルティーナの方をみる。
「イヴァン聞いてるの?」
どうやらなんども声をかけてきていたのに気づかなかったみたいだった。
「あ、ああごめん。考え事してた」
「フォルティアの事でしょう。わたくしもそのことを話したいの」
いつになく真剣な表情をしているベルティーナだった。
「フォッジアスまでくると思うか?」
イヴァンはつい先ほどまでの自分の考えていた疑問をベルティーナに投げかけた。
「それは、可能性はあると思いますわ。フォルティアの六武神のうちの三人が指揮するのよ?」
「そんなにすごいの?」
「ちょっと、あなた、そんな事も、あれ? そっか、わたくしは戦略科の授業で習ってたんでしたわ」
「……」
「え、ええと、すごいんですのよ!特別に教えて差し上げますわね!」
「まずフェリオス皇太子、彼はなんと若干13歳で父王の代わりに戦場に出て未だ不敗。まあ部下のおかげっていう事も出来るけど総大将としては一流ね。そしてレトミア公爵、彼は知将タイプね。彼はフォルティア以西の国々を次々に攻略してるわ。六武神の中で一番バランスが取れているのが彼かな? メイア侯爵は、フォルティア最高の知将として名高いわね。戦略、戦術共に一流よ千五百の兵で数万の敵と戦って勝っちゃったりとか、意味がわからないほど強いの。でも勝つ理由はちゃんとあって、彼は敵の弱点を見破る事にかけては超一流。フォルティアの六武神ではネプティスとメイアの両名が、共に不敗で、戦わせたらどっちが強いか? で議論には事かかないですわね、でも…」
「でも?」
「彼らがまさかセウタ族を攻めて東部に侵略してくるって言うのは予測はずれでしたわね」
「ん?つよいんなら自信をもって攻めてくるんじゃないのか?」
「まだ大陸の西部には沢山の大国が残ってますの。それに大陸西部の南にはカナン帝国もあるのに、補給に難のあるセウタ族領土を通って、さらにその先の、東部諸国に戦争を吹っかけるなんて常識では考えられませんわ。フォルティアからグラナダまで行くには、砂漠を二つ越えないといけませんのよ? わたくし達でしたら、ただ通るだけでも全滅しますわ」
「なんか話を聞いてるとすごいな」
ベルティーナはコクリと頷いた。
「よお」
その時前から歩いてきた男になにげなく声をかけられた。
「おまえら、あのときいた修道女どこにいるかしらねえか? 教えてくれたら楽に逝かせてやるぜ」
男はスラリとした長身と目つきの悪い男、髭こそ剃っていたが、ルパート村で出会ったあの男だった。
「おまえ!」
「あなたは!」
ベルティーナとイヴァンはすぐに気がつき剣を鞘から引き抜き戦闘態勢をとる。
「質問に答えてくれよ。やつはどこだ」
「そんなのしらねえよ! ベル! 詰め所に行って応援を呼んで来てくれ!」
それを聞いたベルティーナは横目でイヴァンを見て言った。
「いやよ、とても間に合わないわ。あいつの腕、見たでしょ。一対一で抑えられる相手じゃない」
「でも」 二対一でも一緒だという言葉を、イヴァンは飲み込んだ。
「二人で生きるか、二人とも死ぬか、よ!」
イヴァンはその言葉に頷くとすかさず距離をつめ、少し遅れてベルティーナもイヴァンに続く。
「ちっ、答えりゃ楽に逝かせてやるってのに、そんなに痛い思いしたいのかねえ」
男を間合いに入れたイヴァンが全力で剣を上段から振り下ろすと、男は後方に飛んでかわす。
男が着地するかどうかの刹那に、ベルティーナの突きが男に襲い掛かるが、男は剣を抜きベルティーナの剣を受け流すと同時に、蹴りをいれ、ベルティーナは住宅の壁に激突して膝をつく。
「かはっ」
「ベル!」
イヴァンは猛烈な勢いで剣を繰り出した。
剣を振り下ろし、振り上げ、振り下ろし、突く。流れるような四段攻撃。
だが、男は詰まらなさそうに、その攻撃を受け流していく。
「まあ、強い方だが、やっぱものたりんわな。この前はもしかしたらとも思ったが、勘違いだったか」
ぽつりとつぶやいた後、造作も無いように、イヴァンの攻撃を避け、男の剣がイヴァンのわき腹に吸い込まれていき、背中に切っ先が飛び出した。 「イヴァン!!」
「ぐはっ、…くそったれ、がぁ」
血がどくどくと流れ出し、イヴァンの足元に血溜りが出来る。 イヴァンは気力を振り絞り左手で相手の剣を持った手を押さえ、右手に持った剣を相手の首筋めがけて叩き込もうとするも、 ズズッ、と男はさらに深く剣を突き刺すと、イヴァンの動きは止まった。 男はイヴァンを片手で突き放すと、ズルリと男の剣が抜け、イヴァンはそのまま倒れた。
「たく、…つぎはお前だ」
男はベルティーナに向きを変えると、ベルティーナは蹴られた腹部を押さえながら、よろよろと立ち上がり、剣を構えた。
「よくもイヴァンを…、覚悟しなさい! 」
それを聞いた男は笑顔を見せる。
「はは、下等生物の分際で勝てると思ってるのか? 心意気は買うがね、あきらめたほうがいい」
ベルティーナは覚悟を決めた。イヴァンと一緒に死ぬなら悪くない、と。 最後のつもりでイヴァンを眺め見ると、なにかつぶやくように口が動いていた。 「緊急セーフティ解除、ジークフリードシステム接続」
驚いた男は、声の方をみると倒れたイヴァンが目を見開いている。
「ジークフリードシステムオフライン、動作終了します」
そう言ってイヴァンは目を閉じた。
「なんだあ? ジークフリードシステムって? やっぱ契約者かこいつ?」
男はベルティーナを一顧だにせずイヴァンを見ていた。
「なんかわからんが首をはねとくか」
男が一歩近づいた時、また変化が起こった。
イヴァンがまた目を見開いて、今度は光に包まれる。
「生命維持、危険レベルに到達。ヴァルキュリアシステム起動、ブリュンヒルデに強制アクセス、オンライン。」
一瞬、眩いまでに輝いたイヴァンは次の瞬間、膝まである長い茶色の髪、優しげな目元に、金色の瞳、ぴたりと閉じられた可愛い唇を持つ女、へと変貌していた。
女はむくりと立ち上がると無表情につぶやく。
「ブリュンヒルデ、ローディング完了」
女は刺されたわき腹に視線をむけた。
「ヒーリング作業開始」
「ブリュンヒルデ…だと…?」
信じられないといった様子で男は言った。
最初、ベルティーナも目の前で起こった非常識な現象に目を奪われ二の句を告げることも出来ず呆然としていた。
だが、女の見覚えのある顔に気づいて愕然とする。
ふと気づいたように女は、男を一瞥する。
「敵を確認。自動戦闘モード起動」
うむをいわさず女は男に切りかかった。それも、圧倒的なスピードで。
くるくると舞を舞うかのような美しい剣技。 男はなんとか応戦するも次々と繰り出される剣に傷ついていく。
「つぅっ! なんてこった!! こいつがヴァルキュリアだったのか!! それもふつうじゃねえし!!」
まず左手が肘から切り落とされ、ついで左足が切り落とされ、男は倒れる。
女は無表情のまま男の元へ歩み寄り、剣を持ったままの男の右手首を造作なく切とばす。
「きっ、おまえ、ブリュンヒルデとかいったな? あのブリュンヒルデか?」
男は最後にそう聞いたが、答えは返ってこず、女に首をはねられた。
女はしばらくそのままだったが、ポツリとヒーリング終了とつぶやくと、ぱたりとその場に倒れた。
ベルティーナはただ呆然と見守っていたが、女の体がピカッと輝いた次の瞬間、イヴァンが元に戻っていた。
我に帰ったベルティーナはイヴァンに駆け寄り、傷の様子を確かめると、傷一つ無く、脈もある。
だが、「イヴァン、イヴァン!」 と、なんども名を繰り返し呼び、揺り動かすも意識が戻る様子は無い。
そのころようやく戦闘の物音に気がついた警備兵らと兵学校騎士隊が駆けつけてきた。
騎士隊の先頭にいた巨漢のデルネーリがその場の惨状をみて、驚いた様子で尋ねる。
「なにがあった! なんだこれは!」
ベルティーナは叫ぶ。
「なんでもいいから早くイヴァンを運んで! はやくして!」
ベルティーナの剣幕に押されたデルネーリは騎士隊の生徒にアゴで指示し、イヴァンは警備隊詰め所に運び込まれた。




