第三話 港町ヴァローニュ その5 第三話完
テーブルと椅子が四脚だけある部屋で銀髪の男が一人椅子に腰掛け、羊皮紙になにやら書き込んでいた。
「俺死んだわ」
誰もいない空間から声が聞こえ、銀髪の男は虚空を見つめた。
「いなくなったと思ったらなんてザマだ」と吐き捨てるようにいった。
「俺も予想外だったよ、あんなにつえーのがいるとは思わんかったわ」
銀髪の男は羊皮紙に視線を落とし、書き物を続けた。
「人間の中にも強いやつがいるのは知っているだろう」
「いやいや、違うんだって」
「まさか、例の”お嬢ちゃん”が相手か?」
「どうやら違う嬢ちゃんらしい」
「くわしく聞かせろ」
「……」
「ブリュンヒルデか、聞いた名だが、変身したってのがうそ臭いな、まったくもってうそ臭い」
「おいこら、俺が嘘ついてどうすんだって!!」
銀髪の男は面倒くさそうな顔をして羽ペンを置いた。
「どっちにしても、俺は仕事が忙しいのでそいつの相手は、今は出来ん。お前は死んだんだから早く帰れよ。うっとおしい」
「お前冷たいやつだな。俺が仇をとってやる!! とか、普通は言う場面だろ。俺は今から七年かけて孤独に帰るって言うのに」
「みんな帰るときはそうだろ、来るときもな」
さらりと、もう相手にする時間も惜しいとばかりに銀髪の男。
「そういや、お前忙しいって、何やるつもりなんだ」
銀髪の男はその問いに、少し間を置いてこたえた。
「ふむ、お前もそのなりじゃ、邪魔も出来ないだろうし、いいだろう、教えてやる。オルシュティン教国とフォッジアス王国に戦をしてもらうんだよ」
「てめえ!! そんな面白い事、なんで死ぬ前に教えないんだよ!!」
「お前がいつもぐちゃぐちゃにかき回してくれるから言わなかっただけだ。さ、もういいだろう、色々情報流してやったんだしさ。はよ帰れ」
「帰ってきたら、おまえ、ただじゃおかねえ」
「わかったわかった」
銀髪の男がこうるさげに手を振ると、気配は名残惜しそうに去っていった。
やれやれと思う間もなく、部屋のドアが開き、立派なひげを生やした中年の伊達男が入ってきた。
「ご主人様、少しお耳に入れたいことがありまして…」
「あー、血の気の多い馬鹿が死んだんだろ。今聞いたよ」
中年の伊達男は恐縮した風に一礼する。
「すでにご存知でございましたか」
「ベルトラーミ。殺した奴の名前わかるか?」
ベルトラーミ男爵、この町の守備隊の長は、思い出すように言った。
「たしか、イヴァン、ダ、アリオスティと言う騎士ですね」
銀髪の男は瞑目し、名前を何度もつぶやく。
「イヴァン、イヴァンか、この国の名前じゃないな? 本人の事、詳しく調べて後で報告してくれ。 それと、馬鹿が死んだから計画を早める。 例の件を、実行に移せ。」
「かしこまりました」
ベルトラーミはうやうやしく一礼し、部屋を立ち去った。
銀髪の男は頭の後ろで手を組み、足をテーブルの上に投げ出す。
「ククク、ほんとにあいつはかき回してくれる奴だよ、ハハハ」
気の置けない友に対するような物言いで笑った。
「しかし、手を出して藪蛇もつまらんな。 さてさて、どうするかな」
銀髪の男は思考の世界へと旅立っていった。
イヴァンは警備隊詰め所で医学科による治療を受けていた。というか傷一つなく、ただ、昏睡していた。
時を同じくしてクラリーチェも詰め所に運ばれてきており、こちらもまた、昏睡状態で原因がまったくわからない。
クラリーチェは任務中、急に意識が無くなって倒れた、という話であった。
兵学校の教師兼、司令官のベネディクティスは、デルネーリと共にベルティーナから事情を聞いていた。
デルネーリがベネ先生に確認するように言った。
「まあなんというか、聞いた事もないが、イヴァンがヴァルキュリアになったって事なんだろうな」
それを受けてメガネの位置を直しながらベネ先生はベルティーナに問いかけた。
「想像も出来なかった事態だけど、確かなんだな? クラリーチェと顔が同じだったというのは」
「同じ…、う~ん、何年かしたら、きっとこういう風に成長しているんでしょうね、って言った方が正確かも知れないですわね。髪も長くて、ひざまでありそうでしたもの」
それを聞いた教師二人も顔を見合わせて言葉をなくす。
聞いた事も見たこともない現象を、信じるに足る情報を持ってはいるが、対処のしようがなく、途方にくれるという状態にあった。
「先生、ヴァルキュリアってなんですの? そろそろ教えてくださらないかしら? 」
ベネディクティスはベルティーナを眺め、しばらく考えていた。が、あきらめたように話を始めた。
「この部屋を出たら忘れると約束できるなら簡単に話してやる」
その言葉にベルティーナは頷いた。
「ヴァルキュリアは、この世界に戦士を探しに来ている。死した後、魂となった戦士は彼女の世界に導かれ、最後の時まで戦う事を義務付けられる。その代償に、彼女達は永遠に戦士に仕えて、現実世界においては戦士を強くしてくれる。そして彼女達の敵、死神ともリーパーとも呼ばれる者達も、この我々の世界に兵士を募りに来ている。だからこの世界で、ヴァルキュリアとリーパーが出会うと殺しあう。」
淡々と話すベネ先生と対照的に、ベルティーナは驚いた顔をしていた。
オルシュティン教会の聖書にヴァルキュリアもリーパーも登場はする。だが、彼らが肉体を持って地上を闊歩しているとは教えていない。
「そんな、宗教上のお話じゃなかったんですの…」
「オルシュティン教は真実を教えているんだ。初代の教祖とも預言者とも言われる人は、約1000年前、英雄カナンと100の獣の戦いを見届けた一人の男が、真実を後世に伝えるために、宗教の形で布教したのが始まりなんだ。だから聖書は千年の間、一言一句変わっていない。大陸東ではオルシュティン教、大陸西ではアイシア正教が似たような立場だな」
ベネ先生がそこまではなすとデルネーリが、話しすぎだとばかりにひじでドンとベネ先生の腕をつついた。
ベネ先生はつつかれた細腕を痛そうにさすりながら、デルネーリにわかっていると視線を送る。
「まあ簡単に話すとこんな感じだ。部屋をでたら忘れるように。話は以上だ。もどっていいぞ」
ベルティーナは部屋から追い出されると、とぼとぼとイヴァンのいる医務室へ歩いていった。
まるで考えがまとまらない苛立ちと、目覚めないイヴァンへの心配で、どうしていいのか自分でもわからない。
クラリーチェに似たヴァルキュリアの姿が頭に浮かぶ。
少し大人に成長したように見えた彼女の神々しいまでの美しさと、動作の一つ一つが洗練されて、見とれるほどの、剣舞のような攻撃。フォッジアスの至宝と呼ばれ、その美貌を称えられるベルティーナでさえかくや、と思われる美貌だったと思う。
医務室にたどり着き、中に入ると薬学科の生徒一人と、ベッドにそれぞれ横たわるイヴァンとクラリーチェ。
ベルティーナはイヴァンのベッドの隣の椅子に腰掛け、その手の上に自分の手を重ねた。
「イヴァン…」
イヴァンがその時なにかつぶやくように口を動かした。
「なに? 何か言いたいの?」
ベルティーナは口元にそっと耳を近づけてみると、
「好きだ…」
そう言われて耳まで真っ赤になるベルティーナ。だが、まだ続きがあるようなので耳は離さない。
「…リーチェ」
ドバチーン!部屋に響くすごいビンタ音。ビンタを張られたイヴァンはそれでも起きる様子は無い。
その音に驚いた薬学科生徒がたまりかねて、
「ちょっとあなた、なにをしてるの!」
と声をかけるものの、部屋を出て行くベルティーナににらみつけられると、見なかった事にした。
その日の午後、イヴァンとベルティーナが戦った相手は、賊の頭目らしき人物の人相書きと瓜二つであった為、 頭目と断定された。
ヴァローニュでは警備兵による徹底的な賊の捜索が行なわれ、ついに賊、14名の隠れるアジトを突き止めた。
賊の信じられない程のタフさと剣技により、警備兵と兵学校生徒、および民間人に多数の被害が出たものの、賊の全員討ち死にをもって、戦闘は終了した。
特に警備隊隊長のベルトラーミ男爵の活躍が大きく、彼がいなければおそらくはもっと被害は大きかっただろう。
兵学校側の被害は死傷者13名、警備兵側死傷者34名のあわせて47名だった。
ちなみに第四小隊は到着が遅れ、被害はゼロである。
だが、事件が解決し、後片付けも終わり、それぞれ宿舎に戻った兵学校生徒達は、3名の生徒が死亡した為、重い空気が漂っていた。
警備隊詰め所では、事後処理に追われ大忙しであった。
「デルネーリ殿」
「ん? ベルトラーミ男爵でしたか。何か御用ですか?」
「実は賊の死体からこのような物を部下が発見しましてね」
そう言って一枚の羊皮紙を差し出してきた。
デルネーリは羊皮紙に目を通す。
「これは…!」
「これは私の権限で至急王都に届けさせます」
「それは…しかし、偽物の可能性も…」
「どうした? デルネーリ先生」
仕事に一段落ついたベネ先生がデルネーリの様子を見て不審に思い、傍に歩みよってきた。
事情を聞き、羊皮紙を見せてもらったベネ先生は、メガネの位置を直しながら、ベルトラーミ男爵に言った。
「たしかに王都に送るしかないですね。ただし、このような重大事、一般の兵に持たせるわけにはいきません。わたくしがお預かりして、女王陛下に直接お渡ししましょう。わたくしは幸い親衛隊騎士、すぐにお目通りはかないます。よろしいですね?」
ベルトラーミ男爵はあわてた様子で、
「しかし、貴女には任務があるのではありませんか?」
「心配には及びません。こう見えてデルネーリは優秀ですので彼に任せて問題はありません」
ベネ先生は羊皮紙をそそくさと懐にしまって、もう羊皮紙を誰にも渡す気はないようだった。
「で、ではお願いします。くれぐれもお気をつけて。」
「では、失礼します。デルネーリ、わたしは王都に行く。後は任せた」
「お、おう」
ベネ先生は立ち去り際に何人かの先生と騎士科の生徒に声をかけ、10人ほど引き連れて警備隊詰め所を後にした。
「女傑ですな、お宅の司令官は」
「まったく。だから、まあ頼りになるやつですよ、では、わたしも失礼します」
デルネーリはベルトラーミ男爵に会釈して仕事に戻っていった。
ベルトラーミはデルネーリを見送ると、口元に笑みを浮かべた。
賊の持っていた羊皮紙はオルシュティン教王の密書。の偽物であった。
ただのきっかけにしか過ぎない羊皮紙を後生大事に持っていったベネディクティスをあざ笑う。
密書が偽物でも本物でも意味は無い。
もう計画は動いている。
彼女がどう動こうともはや止めるすべはなかった。




