第三話 港町ヴァローニュ その2
イヴァンが隊列の先頭に追いつくとベルティーナがまず最初に気づいた。
イヴァンから一番遠い所にいるのだが、気配の感じ方、直感とでもいうのだろうか?は、イヴァンも驚くほどである。
「イヴァン、来たわね」
そう声を掛けてくると他の皆もこちらを振り向きジウベルト君とオフェーリアがニコリと笑顔を返す。
「アリオスティ、ちょっとこちらへ来い。」
とベネ先生が手招きをしながらイヴァンを呼んだ。
イヴァンが馬をベネ先生とベルティーナの間に並ばせるとめがねの位置を直しながら鋭い目つきで尋ねてくる。
「後方隊の皆の様子はどうだ?緊張したりはしていないか?」
イヴァンは少し考えて答えた。
「まったく緊張していないって事は無いと思いますけど。いつもどおりかな?」
「ふむ、そうか」
「今回の任務が賊の捜索、だったら全然違ったでしょうけどね」
とついでに一言付け加える。
その一言を聞いたベネ先生は少し考えて口を開いた。
「女王陛下と校長に感謝するんだな。最初、我らの本来の任務は賊の捜索と討伐だったんだ。」
それを聞いたイヴァンとべルティーナは少し驚いた顔をベネ先生に向ける。
まだ少し言葉が足り無そうだなとさらにベネ先生は続けた。
「だってそうだろう?兵学校全生徒750名。これを全て捜索と討伐に差し向ければわざわざ3千人も動員しなくていいんだ。常識的に考えて、兵学校750、それと正規軍一千も用意できれば十分だろう。どれだけ相手が手練揃いの集団であろうが十数人程度なら討伐できる。どのくらい犠牲が出るか想像もつかんがな。それを港湾警備任務にしたってことは校長も大分骨を折っただろう。そのかわりに千人か二千人か、徴兵された平民には気の毒だがな」
最後に平民と言う言葉が出てイヴァンは言葉を失った。自分は何のための騎士なのか、何のために兵学校にいるのか、 こんな事では彼ら、平民の命と引き換えに自分達が生き残るために、兵学校に在籍しているという事じゃないか…
そう考えるイヴァンの思いを見抜いたようにベネ先生は言った。
「アリオスティ、この世界は理不尽に出来ていて、何事も思い通りにはいかない。だから、あまり深く考えるな。」
ベネ先生は言葉の最後に女性らしい笑みを付け加え、そう言った。
「はい」
イヴァンは返事をしたものの、まだ自分の考えも纏まっておらず釈然とはしていなかったが、
「すぐにわかる」
とベネ先生はイヴァンに聞こえるようにそうつぶやいた。
「本題をお話してもよろしい?」
話が一段落した時を見計らってベルティーナがベネ先生とイヴァンの方を向いてそう尋ね、 ベネ先生が頷くのを見るとイヴァンに説明を始めた。
「悪いニュースなんですけど、昼食明けにミケーレを斥候に出したら王国兵の死体を10体程見つけてきたんですの」
「うそ!まじ?」
それを聞き、驚いたイヴァンは後ろに続いている歩兵隊にまで聞こえるほどの声を上げてしまった。
ベルティーナは歩兵科達の様子を伺ってから、たしなめるように唇に人差し指をあてながら言った。
「しっ!声が大きいですわ!他の皆には言ってないんだから静かに話してくださるかしら」
「ごめん、驚いてしまってつい…。それで、どうするんだ?」
「そこは避けて行く、というかすでに予定と違う道を通ってますわ。遠回りになるけど追いついたら洒落になりませんもの」
「そうだな、それをやったのが例のやつらだったとしたら危険だし…、仮に賊だったとして、こんな所にいるとしたら賊の目的地は、ヴァローニュなんじゃないか?」
「ええ、可能性は高いわね。だから、一応頭に入れておいてね。でも、あくまで推測の話だから皆には内緒でお願いね」
と苦笑を浮かべてベルティーナは言った。
「わかった。俺の方も推測が外れるよう祈っとく」
「あはは、祈りもまかせるわね。じゃあ…話はこれでおしまい。」
イヴァンが聞いたベルティーナの声は、いつもと違い弱々しく感じた。
事実、さすがのベルティーナもプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。
ベネディクティス先生も引率ではなく付き添いのような態度で、指揮は一貫してベルティーナがとっていたし、 小隊の指揮官として、全ての責任が彼女の肩にかかっている。
そしておまけに悪い予感のする材料は腐るほどある。
指揮官となるには避けて通れない道ではあるが、どんなに才能があり大人びていてもベルティーナはまだ17歳の少女であり、 その肩に小隊員の命を一人で背負うのはさすがに酷な話だったのだ。
それを感じ取ったイヴァンは言った。
「ベル…、大丈夫か?疲れてるんじゃないか?」
そう言われたベルティーナはニコリとして答える。
「ううん。わたくしは大丈夫ですわ。ですから心配はいりませんわ」
空元気なのだろうがイヴァンはそれに返す言葉も見つからずただ「そうか…」とだけ返す。
イヴァンはその後も、ベルティーナの顔を見つめていたがベルティーナの方が目をそらすと、 「じゃあ後方に戻るよ」と告げて馬首を返した。
後方隊に戻るとミケーレが笑顔でイヴァンを迎えた。
そして二人以外には聞こえない程の声量で話しかけてきた。
「聞いた?」
「うん」
「嫌な予感しかしないだろ?」
「ああ、たく、俺たちついてないよなあ」
「そうぼやくなよ、俺たちはまだ口が動くだけましだろうよ」
そうか、こいつは兵士の死体を見てきたのだったな。
「そう言えばそうだな」
二人でいくつか軽口を叩いたあと、ミケーレは隊列の先頭に戻っていった。
イヴァンは先ほどの話を思い浮かべ、ぼんやりとクラリーチェの後姿を眺めながら考えていた。
そもそもクラリーチェがこの学校に入学するのを、育ての親の村長夫妻もイヴァンも反対したのだが、どうしてもと言い張り引き止められなかった。 そして薬学科ならばとイヴァンや村長夫妻も妥協し、入学を許したのだ。
薬学科と医学科は卒業後に3年分の授業料を支払えば自由に除隊できる。
そのためのお金をすでにイヴァンは用意してあった。
だが、いま思えば薬学科でさえ入学させるべきじゃなかったと思うし、仮に今、やっぱり危険だからと学校をやめろと言っても聞き入れてはくれないだろう。
クラリーチェには、平和なあの村で待っててもらいたかったな。
と思う。
だが、今回の件がなければどうでもいい事だった気もしないではない。
校長達が力を尽くして警備任務を割り当ててくれたらしいが…。
もしかしたら兵学校の生徒達単独で賊と戦う事になるかもしれない。
ベネ先生が、世界は理不尽に出来てる。そしてすぐにわかる、との二つの言葉の意味はこういうことだったのかと、そのときようやく思い至たった。
でも、何があってもクラリーチェは絶対に守る。と、イヴァンは心の中でひそかに誓った。




