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「浅井さん、もうちょっと下に来てよ」
「なんで?」
「キスしたい」
「嫌」
「なんでさ!」
大沢が笑い出す。
「まぁいいけど」
「あ、そうだ!助けてくれてありがとう!私まだお礼言ってなかったよね?」
「んん、いいんだ。お礼なんかいらない」
「そんなわけ、」
「あのさ」
大沢が笑ったまま浅井を見上げた。
「もう先輩の話、しないって言ってたけど、ちょっといい?」
浅井も笑ってはいたが、複雑な感情を一瞬抱いた。
浅井にとっても二人にとっても、先輩の存在と先輩の事故は重い。
大沢の口から出る「先輩」という言葉が、浅井の中で鉛のように重い。
先輩を鉛にしてしまう自分も嫌だと浅井は目を伏せる。
「俺さっき田村にね、変わったなって言われたんだよ。よくわかんないけどもし変わったとしたらさ、浅井さんの話聞いたからで、」
浅井が少し目を上げる。
「浅井さんから先輩の話聞いたからでさ、」
大沢の笑っている顔が見える。
「おかしいけど、先輩が俺の中にいるみたいで、それでそれが、幸せなんだよね」
浅井が、息を呑んだ。
「先輩と一緒に俺も幸せなんだ」
浅井の中で鉛になった先輩が姿を変える。
「だからさ、礼なんかいらないんだ」
浅井は唇を噛んだ。
「浅井さんより、俺たちの方が幸せだよ」
浅井は、唇を噛んだまま涙をこぼした。
「なんで泣くのさ。浅井さん」
大沢が笑う。
「浅井さん、あの香水つけてる?」
「ジョイ?つけてないよ。これでしょ」
浅井が涙を拭いて花束を持ち上げ、ティッシュで切り口を拭く。
ピンクの薔薇が芳香を振りまく。
ピンクの薔薇。
先輩の形は、これになった。
ピンク。
さっきのバーテン君と君島君の色にピンクを足すと虹になるかしら?
浅井も笑顔になる。
「大沢~~~!お母様がお入りになりま~~す!」
田村の声が廊下から聞こえた。
「お邪魔かしらぁ~?」
大沢の母の声が続いた。
邪魔だよ!と言う大沢の声を後ろに聞きながら、ジョイの香りの花束を抱えて浅井が笑ってドアを開けた。
終
※番外編になりますが、次は『a night and day』です。
※10年前の物語、浅井と先輩の2年間『SEASONS』はムーンライトノベルズで公開中です。