2話 オークション
(今、何時だろう)
窓の無い地下牢の中では、時間の経過が分からなかった。恐らく、連れ去られてからまだ一日も経っていない。
しかし、キャロラインには永遠にも感じる長い時間だった。
(助けを期待するのは、無駄なんだろうな)
故郷から離れ、王都で一人暮らしをする彼女の不在に気が付く可能性があるのは、勤め先である酒場の店長くらいだ。
ところが、その店長は誘拐の首謀者であるドミニコと旧知、根回しされていると考えるのが妥当だ。
そうなると来週、ケインが訪ねて来るまで、キャロラインを捜索する人は誰も居ない。それまでの間に、キャロラインは確実にドミニコの手によってどこかに売り飛ばされてしまう。
(何とか、自力で脱出しないと)
とはいえ、魔法も使えない、か弱い女性であるキャロラインに頑丈な檻は壊せないし、手持ちの道具で鍵開けなんて技術もない。そもそも、この場所がどこだか分からない以上、運良く檻から出られても無事に逃げ延びるのは難しい。
(待っていれば、きっと機会はある)
その時に、きちんと逃げられるように、キャロラインは体力温存の為に檻の中でじっと大人しくしていた。
時間の分からない空間に、二回だけ食事が運ばれて来た。そのどちらも食事内容は、味の薄い具無しスープとぎりぎり噛める硬さのパンだった。
キャロラインは食欲が無くても、それらを無理やり胃の中に押し込んだ。
そうやって過ごしていると、ついにオークションの時が来てしまった。
キャロラインは、ドミニコの部下に連れられて檻の外に出る。
僅かな灯りを頼りに石階段を上ると、綺麗に整えられた屋敷の廊下に出た。部下の後に続いて、廊下を歩いた先、オークション会場は屋敷に併設それた劇場のような場所だった。
キャロラインは舞台袖に待機させられる。しっかり見張り付きで、逃げ出す隙はなさそうだ。
舞台の照明が点灯し、仰々しい素振りのドミニコが舞台の中央に現れる。
「本日は、お集まり頂き誠にありがとうございます。今宵のオークションも至極の品々を取り揃えておりますので、皆様、最後までお楽しみ下さい」
オークション開始の合図と共に、舞台の上へ一つずつ品が運ばれて行く。出所不明な美術品に珍しい魔物、それから売買が禁止されたはずの危険な魔法道具。出品されている物はどれも希少で、決して表では取引されない違法な品々だった。
客のほとんどが貴族か、それに準ずる資産家らしく、それらの品はキャロラインが一生掛かっても稼げないような額で落札されていった。
「それでは、次が本日最後の品となります」
とうとう、キャロラインの番になってしまった。
彼女は、引きずられるように舞台の中央へ連れて行かれる。
「こちらは、稀人と呼ばれる魔法の代わりに神の奇跡を手にした、世にも希少な存在でございます」
明るい舞台上からは、暗い客席の様子はよく分からない。
それでも、ドミニコの言葉に合わせて、一斉に視線を注がれたことがキャロラインには分かった。
彼女は、恐怖を感じ息を呑んだ。
「かの有名な英雄王も、医療革命を起こした医学博士も、社交界の永遠の華と謳われたあの王妃も、皆、稀人だったと言い伝えられています。彼らは、加護の力によって富と地位を手にしたのです」
ドミニコはまるで芝居がかった口調で、客の興味を引いていく。
「この娘を側に置けば、皆様にも神の加護の恩恵があることでしょう。さて、この奇跡を幸運にも手にするのは、どなたでしょうか。……それでは、まずは百万マニーから」
ドミニコが高らかに宣言した、その時だった。
強烈な爆発音と地響きのような揺れが建物を襲った。
「なっなんだ、何が起こった!?」
突然の出来事に、ドミニコは慌てふためき、客席にもざわめきが広がる。
舞台袖から、血相を変えたドミニコの部下が走ってくる。
「ドミニコ様、大変です!!」
「いったい何があった」
「騎士団から、攻撃を受けています」
「どういうことだ。なぜ王国騎士が出てくる」
王国騎士の主な職務は王族の警護である。犯罪の取り締まりは管轄外だ。
想定外の状況に動揺するドミニコに部下は首を振った。
「攻撃して来ているのは王国騎士ではありません。創世教団の騎士たちです」
創世教団は世界最大の宗教組織である。世界各地に神殿があり、一定規模の都市に必ず司祭が常駐している。
そんな教団の活動理念は【創世神が生み出した世界の秩序を守り、人類が滅びぬように人々を導く】ことである。その為に、災害や疫病が発生すれば救済に走り、大規模な紛争が起これば仲裁に入る。
何万、何億という人類のために活動する国際組織であって、間違っても小国で局地的に行われている犯罪に首を突っ込んでくることはないはずなのだ。
「教団がどういうつもりか知らんが、捕まってなるものか。ええい、迎え撃て。逃げる時間を稼ぐのだ」
ドミニコは部下に命令しながら、逃げる算段をつけ始めていた。
それを見ていた客たちも我先にと逃げ出し、会場は完全にパニックに陥っている。
誰も、キャロラインのことなど見ていなかった。
今しかない。
キャロラインは舞台から飛び降り、逃げ惑う人混みに紛れて会場を後にした。
逃げる人の流れに合わせて、屋敷の中を走り抜ける。その間も、断続的な爆発音と悲鳴が聞こえ続けていた。
正面玄関まで来ると、ドミニコが雇った傭兵と騎士団が交戦中だった。
キャロラインは巻き込まれないように、慌てて物陰に隠れた。
扉より後方に、やたらと目立つ白銀の鎧兜に深紅のマントを着けた人物がいた。指揮官なのか周りの騎士に指示を飛ばしている。
「稀人を探せ。情報によれば黒髪黒眼の女だ。この際、生死は問わない。なんとしても捕らえるのだ」
指揮官から耳を疑うような言葉が飛び出て、キャロラインは驚愕した。
(騎士団の目的って、わたしなの!?)
生死を問わないなどと物騒な発言まで聞こえてきた。
危機感にキャロラインは震える身体でなんとか身を小さくして息を潜めた。
その時、玄関ホールに一人の男の声が響いた。
「天下の創世教騎士団が、招待もされていないのに訪ねてくる無作法者だとは、知らなかったな」
声の方に目を向けると、長い髪に長身の男が立っていた。この国では見かけないオリエンタルな衣装は複雑な刺繍が施されていて、詳しくなくても高価な物だと推測できる。
ドミニコの部下には見えないので、オークションの客の一人だろう。
「なんだアイツは。捕らえろ」
指揮官の声に合わせて騎士たちが男に向かって行くと、男はさっと手で払うような仕草をした。すると騎士たちに覆いかぶさるように黒い炎が燃え上がった。騎士たちは全身を炎に焼かれ、悲鳴を上げながら床をのたうち回る。黒い炎は全てを飲み込むように燃え広がっていき、まるで地獄のような光景だった。
「黒い炎だと、まさか黒焔会の人間か。このまま相手しては危険だ。……戦況を立て直す。総員、一時撤退」
命令に従って撤退する騎士と共に、炎から逃れるように傭兵や逃げ回っていた客たちも屋敷から離れていく。
物陰に隠れていたキャロラインは完全に逃げ遅れていた。
(黒焔会って、確か世界最大の犯罪組織だよね)
酒場で働いていた時に聞いたことがあった。中央大陸にある陽皇国に本拠地を構える犯罪組織で世界中の組織犯罪の裏には彼らがいると噂されている。
名前の由来は、ボス及び幹部の人間が黒い炎を操る魔法を使うことからきている。
キャロラインは自分の死を予見した。
絶対に、この男に見つかってはいけない。見つかれば、命の保証はない。
それなのに、動揺した彼女は近くにあった大きな花瓶にうっかり、ぶつかってしまった。花瓶の割れる音が響き渡る。
しまった。そう、思った時にはもう遅い。
男の金色の瞳が、こちらを見ていた。




