1話 目覚めたら
南方大陸の北東部に位置する小さな国、ボンメル王国。
近年、大型の貿易船が寄できる港が完成したことにより、経済発展を遂げるこの国の王都は少々治安が悪かった。いつどこで犯罪に巻き込まれてもおかしくない状況だ。
(治安が悪いからって、まさかこんな事になるなんて)
目の前には頑丈な鉄格子、手には鉄枷。
見知らぬ檻の中で、キャロラインは絶望していた。
(何で、わたしがこんな目に……)
この日、キャロラインは実家に帰省していた。
キャロラインが生まれ育ったのは、パンプキンサイドという王国南部にある小さな村だ。娯楽が少なく、村人のほとんどが顔見知りという刺激の少ない田舎だったが、平和な村だった。
その村で、幼い頃に両親を亡くしたキャロラインは、母の妹である叔母マーサに育てられた。マーサの息子である従兄妹ケインと共に兄妹のように育てられた彼女は、叔母一家を実の家族のように思っていた。
懐かしの故郷を満喫し、再び王都に戻って来て自宅に帰る途中、キャロラインは何者かに襲われた。
気を失い、目が覚めると檻の中に閉じ込められていた。
(最近、誘拐事件が多発してるって聞いてたけど、まさか自分が巻き込まれるなんて)
想定外の出来事である。
正直に言って、攫われたりするのはもっと美人な人間だと思っていた。
この国では、背が高くてスレンダーな目鼻立ちがくっきりとした人物が美人とされている。
それに対して、キャロラインは背が低く、どちらかと言えば肉付きのよい体型だし、顔だってあっさりとした地味な見た目をしていた。
だから、人攫いの対象なんかにはならないだろうと高を括っていたのだ。
(甘かった。……バカだ自分)
今更、反省しても仕方がない事である。
項垂れるキャロラインの前に一人の男が現れた。
「やあ、キャロライン。目が覚めたようだな」
その男は、彼女の見知った人物であった。
「……ドミニコさん」
男の名前はドミニコ。王都で有名な実業家であり、キャロラインが勤める酒場の常連客だ。酒場の店長とは旧知の仲で、キャロラインも親切にしてもらった記憶がある。
「黒い噂のある人だとは知ってましたけど、まさか人攫いをしてるなんて!……なにも、顔見知りを攫わなくたっていいじゃないですか」
キャロラインの言葉に、ドミニコは不満気に顔をしかめた。
「私をその辺のゴロツキと一緒にするな。普段から人攫いしているわけじゃない」
「じゃあ、何でわたしを攫ったんですか」
「それは、お前が希少な存在だからだ。これから、お前には金と暇を持て余した人間たちの為に開かれるオークションの商品になってもらうのだよ」
意味が分からない。キャロラインは、首を傾げた。
「確かに、わたしの髪と目の色はこの国では珍しいかもしれませんが、他大陸だと普通に居る色のはずですよ」
人攫いをしてまで手に入れるほどの希少性はない。まして、オークションで高値が付くとも思えなかった。
「そこではない。お前の希少なところは、魔法が使えないことの方だ」
魔法はこの世界の人間ならば、誰でも使えて当然の能力である。もちろん魔法の種類は千差万別なので人によっては得手不得手が、簡単な魔法ならば小さな子どもでも扱えるというのが、人々の常識であった。
しかし、キャロラインは魔法が使えなかった。根本的に才能が無いのか、幼い頃からいくら練習しても、一つも身につけられなかったのだ。
確かにキャロラインは、その事をドミニコに話したことがあった。しかし……
「魔法が使えないって、そんな役立たず、それこそオークションの商品なんかにならないと思うんですけど」
魔法が人間の価値の全てではない。しかし、優秀な魔法使いであるほど、重宝されるのは世界共通である。それとは真逆の存在である自分にいったいどんな価値があると言うのか。
キャロラインの当然の疑問に対して、ドミニコは得意気な顔で答える。
「自分の価値について正しく認識していた方が良いだろう。特別に教えてやる。お前のような魔法を使えない人間は【稀人】と呼ばれ、一部の人間からは有難がられる存在なんだよ」
ますます意味が分からなかった。何を有難がる要素があるというのだ。
何一つ納得できていないキャロラインに、ドミニコは話を続ける。
「神話の話さ。キャロライン、なぜ人間は誰もが魔法を使えるか知っているか」
「……神が最後の贈り物として、全ての人間に魔法の力を与えたから」
この世界の創世神話において、かつて天界の神々と地上の人間たちは交流をしていた。
しかし、ある時を境に神と人間の交流は絶たれることになる。その最後の時、世界の創造主である創世神は、人間にあらゆる苦難を乗り越える為の万能の力として魔法の力を授けたのだ。
「その通り。そして、それ以前まで、神は奇跡や加護の力によって人々を苦難から救っていた。つまり、魔法を使えない人間は、今も神の加護を授かった特別な存在だと考えられているのだよ」
「神の加護?そんな特別な力、わたしは持ってません。そんなの、ただの迷信じゃないですか」
「真実なんぞ、どうでもいい。重要なのはそれを信じて、大金を出してでも手に入れたいと考える連中が居ることだ」
神の加護の恩恵を受けるために、稀人を自分の側に置きたいと考える人間がいるらしい。確かに、本当にそんな物があるのなら、莫大な富や権力を生む可能性もあるかもしれないが。
「お前も、せいぜい高値が付くようにそれらしい振る舞いをすることだな」
それだけ言い残して、ドミニコは去って行った。
キャロラインは、呆然とするしか無かった。
(本当に神の加護があるなら、こんな目に合ってないんだよ)




