プロローグ
ある日、王都警備隊の本部に一人の若い男が訪ねてきた。
担当警備兵は、なにやら深刻そうな顔の男を部屋へと通し、事情を聞くことにした。
「えーっと、何?恋人が行方不明なんだっけ」
「いえ、恋人ではなくて従兄妹です」
警備兵の問いに男は首を振って訂正した。警備兵は興味が無いのか、いい加減な態度である。
「取り敢えず、詳しく説明してくれる」
「分かりました」
警備兵は男からの聞き取りを開始する。
「まず、お兄さん名前は?」
「ケイン・レインズです」
「レインズさんね。……それで、行方不明なのは?」
「キャロライン・ベイカーと言います。僕の従兄妹で王都で一人暮らしをしていました」
警備兵は少し引っかかりを覚えた。最近、その名前を聞いた気がする。しかし、何だったかは思い出せない。
モヤついた気持ちを抱えながら、警備兵は質問を続ける。
「いつから行く方が分からないの?」
「恐らく、一週間ほど前からです」
「恐らくというのは?はっきりしないな」
「すみません。僕は普段、パンプキンサイドという村に住んでまして……」
「あー、南の方にある村だっけ」
警備兵は記憶の彼方に眠った、なけなしの知識を掘り返す。確か、住民より家畜の数の方が多い片田舎の村だったはずだ。
「はい、先週キャリー……キャロラインが村に遊びに来ていたんです。その時、王都で会う約束をしたんですが、今日彼女の家に行ったら留守でして」
「単に外出してるだけじゃないの?」
「ええ、僕も初めはそう思いました。だから、彼女の勤め先に行ったんです」
キャロラインの勤め先は歓楽街の外れにある酒場だった。昼間も食事を提供していると知っていたケインは時間潰しも兼ねて、その酒場へ向かった。
「その時、店長さんと話したら、キャロラインが一週間前から無断欠勤してるって聞いたんです。彼女は真面目な人間です。連絡も無く仕事を休むなんてするはずない。きっと何か事件に巻き込まれたんです」
ケインは心配からかどんどん冷静さを欠いたように声が大きくなっていく。
「レインズさん、少し落ち着いて」
警備兵に宥められ、ケインは我に返り深く深呼吸をした。
「取り乱して、失礼しました。でも、本当に彼女が誰に何の連絡もなく失踪するなんて」
「パンプキンサイドだっけ、その村で会ったのが最後なんでしょ。王都に戻って来る途中に魔物とか盗賊に襲われた可能性もあるんじゃないの?もしそうなら、ウチの管轄じゃ無いんだけど」
街の外での出来事なら管轄は別部署となる。警備兵は厄介払いできないものかと、他所へと誘導してみる。
「彼女は村と王都を繋ぐ直通の乗合馬車を利用していました。何かに襲われていたら情報が入ってきます」
ケインはあしらわれそうになっていることに気づき、慌てて反論する。
「そうかい。じゃあ、捜索届を出すからベイカーさんの特徴教えてくれる」
警備兵は対処せずに帰ってもらうのは無理だと理解したのか、渋々といった体で書類の作成に取り掛かる。
「黒髪黒眼で、平均より身長の低い女性です」
「黒髪黒眼とは……この国だと珍しいな」
「ええ。だから、目撃者が居れば情報は集まると思うのですが……」
そのまま警備兵はいくつか質問をして情報をまとめていく。
行方不明者の名前はキャロライン・ベイカー。年齢は二十歳。小柄な体格に童顔気味のため、一見すると少女と見間違わられるらしい。黒髪黒眼と王国を含むこの南方大陸では珍しい容姿をしている。王都の歓楽街近くのアパートで一人暮らしをしていた。最後に姿を確認されたのはパンプキンサイドから王都へと帰る乗合馬車に乗り込むところであり、その後の消息は不明である。
「それじゃあ、捜索届は受理するよ」
「よろしくお願いします。こちらでも可能な限り探してみようとは思います」
ケインは礼儀正しく頭を下げるが、あまり警備兵を信用していないようだった。
乗り気では無いことを態度に出し過ぎてしまったかと警備兵は気不味そうに口を開く。
「あ〜、あまりこういう事は言いたくないが、近頃は王都を中心にこの国の治安も悪化していてだな……」
「村にも噂が流れてきてました。他大陸からマフィアも流れて来ているって」
「そういう連中が若い女や子どもを誘拐して、他国に売り飛ばす事件が多発している。国外に出られるとなかなか手を出せないのが現状だ」
「なんですか、それ!!諦めろって言ってるんですか!!!」
ケインは怒鳴り声を上げた。警備兵のあまりの言い草に怒りがこみ上げる。
「そうは言ってないだろ。ただ、素人が首を突っ込むような事は止めろと言いたいんだ」
警備兵は困ったように頭を掻いた。
キャロラインがどんな厄介事に巻き込まれているか分からない以上は、下手に関わらない方が得策なのだ。
この善良な青年のことを思っての、あくまで親切心からの忠告だった。
不満気な顔をしながら去って行くケインを見送り、警備兵は事務所へと戻った。
先程作成したキャロライン・ベイカーの捜査届を対応不可の案件が集められている書類の山の一番上へと置いた。
その様子を見ていた新人は尋ねた。
「先輩、その事件まったく捜査しないんですか?」
いくら行方不明事件が未解決になりやすいとは言え、まったく捜査しないなど普通はあり得ないことだ。
新人の問に、警備兵は首を振った。
「こいつは触っちゃいけない案件だ」
名前を聞いた時の違和感の正体に警備兵は気づいていた。
ちょうど一週間くらい前のことだ。上司からとある通達があった。
ある王都に住む資産家が一人の女性を誘拐したが、その事件を揉み消すようにとの事だった。
その女性の名前が、キャロライン・ベイカーだった。
資産家は組織の上層部に相当な賄賂をつぎ込んで、これまでも危ない取引をしてきている人物だ。
あの青年には申し訳ないが、警備兵は捜索届を無かったことにするしか無かった。




