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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
7章 白の聖女
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塔の上の囚われた少女

シルヴィナスはいよいよ降誕節を迎えた。


降誕祭――この国の人々にとって特別な、聖女が降りた日を祝う祭り。その前後を祝祭期間として扱うのが、降誕節というらしい。私はまだ、その響きの荘厳さに、いまだ馴染めないでいる。


ずっと昔。トルニカ村にいたころ、そんなものがあるとは聞いたことがなかった。

だから、もしかしたらシルヴィナスの中ではないのかもしれない、とぼんやり思う。サリーナはもっとよくわからない。滞在した時間は押し込められていて、町の風景も記憶に薄い。

そんな私が知っている祭りといえば、村の秋の収穫祭と、春の一年祭だけ。

どちらも、村の規模に見合ったささやかなものだ。

春の訪れや収穫を感謝して、焚き火を囲んで歌い、踊り、笑う――

それだけで胸が満ちる賑わい。


だからこそ、今、目の前に広がるこの光景は、異世界のように見える。

こんなに壮麗で、規模の大きな祭りがあるなんて、知らなかった。

 

けれど同時に、こんなにもつまらない祭りがあることも、知らなかった。


今、塔の上にいる私は、ただ見下ろすしかない。


「なんか寂しいな」

思わず、独り言がこぼれる。


塔の上から見渡す街並みは、確かに華やかで、眩しいほどに装われている。

けれど私の立つ場所から見るそれは、絵画のように遠く、静かで、どこか冷たい。

実際に街に降り立てば違うのかもしれない。屋台を覗いたり、踊ったり、歌ったりして隣人と笑ったり?

けれど、ここから見える景色は、儀式のために磨かれた装飾品のように整然としていて、歓声も笑い声も、遠い世界の音のようだ。


そして私は――お人形。

動いてはいけない、決められた位置から離れてはいけない。

もちろん、楽しむためにこの国にいるわけじゃない。

それはわかっているけれど、胸の奥でどうしても残念に思ってしまう。


「サフィアはお祭りに行ったりしないの?」

私の髪を梳く侍女のサフィアに問いかける。

こんなことを聞くのは、子どもっぽいのかな。


「昨年までは休みの時には降りることがございました」

サフィアの声は柔らかく、あくまで控えめだ。

「今年は前年祭ですから例年より賑わいがあるそうですね」


前年祭――千年祭の前の年に据えられた名。

経済のために、段階的に盛り上げる狙いがあると聞いた。

意図は現実的でも、その名の響きは特別で、全国的に人を惹きつけているらしい。


「期間も長いですから、おやすみの日に一日くらい見られると良いですね」

サフィアはやさしく微笑むが、その目にはわずかな哀れみの色が見えた。


「どうかな…」

私は小さく首を振る。

今の期間は、祭祀庁や城内ですら、普段より多くの人々が出入りしている。

護衛なしに塔を出ることは遠慮するよう、何度も言い含められている。

庭にすら、ほとんど出られていない。


――大樹を癒し、その代わりに力の使い方を教えてもらう。

本来そういうはずだったのに、違うことばかりしている気がする。

それでも、ここで受ける扱いは穏やかで、危険にさらされることもなく、優しい。

そのこと自体はありがたくて、楽しいはずなのに――

肝心の大樹にも、ほとんど触れられていない。


ちぐはぐで、どこかずれている気がする。

そして、それはセランとの関係にも重なって見えた。


窓の下方、朝の庭で作業をするセランの姿が見えた。

土の匂いが届きそうなほど近いのに、距離は遠い。

手を振ったって、彼は気づかない。


降誕祭の前あたりから、急によそよそしくなってしまった。


前は、一緒にいて傷つけなければならないなら、別れて暮らそうと覚悟していた。

でも今は、彼を傷つけずに済むかもしれないのに――離れていく。


セランの意思なら、それでも良かったのだけど「待ってろ」とも言っていて。それもちぐはぐ。

その言葉だけが胸に刺さって、抜けないままだ。

胸の奥に、答えの見えない重みが広がっていく。


しょげている私の様子に気づいたのか、サフィアが優しい眼差しで言葉をかけてくれる。

「お庭にもあまり行けていませんしね。カイル様にお願いして、日に一度はお庭に降りられるようにいたしましょうか」


その声色には、本当に心配してくれているのだと分かる温かさがあった。


「う~ん……警護の手配が増えちゃうから。大丈夫」

私は首を振った。


先日の礼拝堂の飾りで衣服を汚してしまった件は、誰かの悪戯だったのだと後から聞いた。

その時は、たいしたことではないと軽く受け止めていた。けれど周囲の人たちは、私とは違ってずっと深刻な顔をしていたのを思い出す。まるで、私だけが状況を理解していないみたいに、静かに張り詰めていた。


今になって、その理由がはっきりとわかる。

あのままでは、来賓の方々の衣装を汚してしまうところだった。王様や貴族の方々に粗相があれば、それはすべて祭祀庁の人たちの責任になる。

しかも、それが一年に一度の大切なお祭りで、千年に一度の節目ともなれば――取り返しのつかないことになるのだと、ようやく理解が追いついた。


そう思った瞬間、胸の奥に遅れて不安が広がった。

今まで自分がどれだけ無防備で、軽く考えていたのかを思い知らされるようで、少しだけ怖くなる。


降誕節が近づくにつれて、周囲の空気は変わっていった。

廊下を行き交う人の足取りは早くなり、声は抑えられ、どこか緊張が滲む。

警備も厳しくなり、私室と執務室以外に出るときは必ず人がつくようになった。


扉の向こうに誰かが立っている気配。

廊下を歩けば、一定の距離を保ってついてくる足音。

振り返らなくても、見守られていることがわかる。


仕方がない。


外は、何か起きないように、ぴんと張り詰めている。

この国にとって大事な節目で、守らなければならないものがたくさんある。

文句なんて言えない。


だから――私が庭に降りることになれば、言った通り。必ず警護がつく。監視の目がある中での作業は息苦しくて、私にとっても、庭仕事に集中するセランにとっても、重荷でしかない。

ただでさえ降誕祭の警備で皆が張り詰めているのに、これ以上心労を増やすのは気が引けた。


セランからサフィアへはきちんと報告が届いている。

新しい庭の整備も、冬越しのための手入れも、滞りなく進んでいることを知っていた。

近くで見守れないのは寂しいけれど、心配はいらない。……セランは誰よりも私のして欲しいことしてくれる人だから。


来季には庭が二面分に広がる予定で、セランの負担もさらに大きくなるから、新しい作業を担ってくれる人も入ることになった。

――バージェスという、まだ若い男の子。アスティの小姓を務めていた子で、最近お城に上がってきた。

明るく元気で、セランの実弟ソーマを思い出させる。トルニカで生き別れて、会わないで随分立ったけど、私にとってもセランにとっても失った家族のような存在が増えたみたいで、少し心が救われる気がした。

そのほかにも、メイスン家の侍従の人たちが交代で手を貸してくれることになっている。

ひとりに背負わせるのではなく、皆で分け合って庭を育てていく――その仕組みが、ほんの少し安心をもたらしてくれる。


「新年になりましたら、すぐ自由になりますから。もう少しだけ頑張りましょうね」


サフィアは、いつも通りの落ち着いた声で、けれど励ましを込めて微笑んだ。


「さあ、お召し物を変えましょう。すぐにお迎えが来てしまいますよ」


その言葉に、私は小さく息を吐く。

だからせめて、降誕節が終わるまでは私も。


抗うよりも、潔く諦めて今日の行程を頭の中でひとつひとつ並べることにした。

――これも、聖女としての日常のひとつ。

自分に言い聞かせるように、意識を切り替えていった。

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