聖女の裏庭
俺やリシェリアは城内に住み込みである。
俺は単純に職員官舎だ。領地は遠い。通うことなんて出来ないが、かといって寝に帰るだけのために市邸を構えるほどの無駄な散財はない。
ただし城内といっても、もちろん王と住まいを同じくするわけではない。
王の居する城は、城壁に囲われた広大な敷地の奥に聳える大樹を背に、城下の前に築かれている。城下の民の前には王城と大樹が一体のように映る構図だ。
真逆の方角には、大樹と並び立つように王城が構えられ、反対に夕陽を背負う位置には祭祀庁。
王城を後ろ盾するように、北側には士官部や兵舎。南側には祭祀官や文官、政務官の宿舎や生活施設。公務と私生活が同じ敷地に収まる構造は合理的だが、同時に閉鎖性も高い。
城下の喧騒とは切り離された、もう一つの都市。
一方、聖女は任期中、あらゆる公務に参画する為に専用の住まいが与えられる。祭祀庁の高塔上層。厳重に警護され、王族や同性縁者を除けば立ち入りは許されない。
代償として、生活の一切は国庫が負担する。衣食住に困ることはない。
……隔離と保護は、ほとんど同義だ。
与えられるものは多いが、自由は少ない。
だが、それを不自由と感じるかどうかは本人次第だろう。
また、大樹や自然との調和という名目のもと聖女には専用の庭園が与えられる。それは祭祀庁の裏。
回廊の脇道を抜けた裏の一角に、その庭はひっそりと広がっている。
庭の裁量は、聖女に一任される。
薬草を育て医務室に納品して、果実を食堂に卸してもいい。慰問先に花を届けて、目や鼻を楽しませてもいい。恩寵の証として信者に金子と引き換えにして小遣いにしてもいい。庭を通して、大樹と向き合うことこそが目的とされている。
制度としてはよく出来ている。
信仰と実利を両立させる構造だ。
もっとも、公務に追われる聖女が庭を細かく世話する余裕など普通はない。世話役が置かれ、許可を示す腕章を持つ者だけが出入りを許される。
歴代の聖女も、多くは使用人や庭師を雇って任せきりだったと聞く。
だが、リシェリアはそうしていなかった。
自ら土に触れ、耕し枝を整え、花を摘んでいる。
最初にそれを見た時は、正直に言えば非効率だと思った。役割からすれば、彼女がやる必要はない。
むしろ時間の浪費に近い。指導の復習でもしていてほしい。
それなのに彼女は空き時間はそこに費やしている。
裏庭に面した官舎の窓から、その様子はよく見える。
俺の執務室からも、その庭は見渡せる。
許可証のないものも、裏庭への出入りは禁止ではないが、草花に触れることは許されない。だから今まで、出入りするものは少なく、人影があれば目立つ。
だから目に留まっただけだ。
最初はただの空き地だったのに、時と共に巡るにつれて、芽吹き、緑が増え、やがて色がつく。
銀色の髪がその間を揺れる。
気づけばいつも、目で追っていた。
いつからだろう。
……意識していたつもりはない。
それでも、書類から目を上げた時、自然と窓の方に視線が向く。
そして――そこにいるかどうかを、確認している。
無意識に。
……らしくない。
陽光に包まれて、草花に手を伸ばすリシェリア。
手入れをするその動きは無駄がなく、けれど急ぐ様子もない。
ああいう時間の使い方は、俺にはない。
真摯で、静かで、無防備だ。
横顔には、柔らかさと寛ぎがある。
俺に向けられたことのない表情。
それを見ていると、妙な感覚になる。
――理解できないわけじゃない。
あれは、おそらく本来の彼女に近い。
公務でも、授業でもない時間。
だからこそ、感じるんだろう。
盗み見ているような感覚。
本来、踏み込むべきではない領域を、外側から覗いているような。
見ているだけなら問題はない。
そこは誰にでも開かれた庭だ。
理屈では、そうだ。
説明のつかない後ろめたさが、じわりと残った。
……馬鹿げている。
ただ、観察してるだけだ。そう割り切ればいいはずなのに、妙に意識が離れない。
思えばこの時点で。もう始まっていたのかもしれない。




