持つべき資質
異能の説明回です
祭祀官になるには、多かれ少なかれ異能の才が必要だ。
誤解されやすいが、何か大仰な奇跡を起こせる必要があるわけじゃない。
必要なのは、霊質を感じ取れること。
そして、それを理解できること。それだけだ。
祭祀庁は宗教機関であると同時に、学府でもある。
大霊樹――あの巨大な存在と共存するために、異能の観測と分析を積み重ねてきた場所だ。
だから、派手さは求められていない。
むしろ、価値観や異能に対して冷静な姿勢の方が重視される。
この国では、異能を持って生まれること自体は珍しくない。
王都なら五十人に一人か二人。
郊外なら百人に一人程度。
祭祀庁に至っては、事務職以外はほぼ全員が何らかの異能を持っている。
数としては希少だが、王都では特別視されるほどでもない。
異能は、あくまで“可能性を広げる資質”にすぎない。
治癒に特化すれば地方では重宝される。医術と組み合わせれば、普通の医者よりも成果を出せるだろう。
活性に寄れば武にも生産にも応用が利く。鍛冶で霊質を込めた祭器を作れば、国から補助も出る。
現実的な利益を考えれば、そちらを選ぶ人間の方が多い。
祭祀庁に来るのは、信仰に傾いた人間か、学者気質の偏屈か。
あるいは、家を継げない立場の者。
……つまり、わざわざ選ぶような場所ではない。
俺は、その例外だった。
領地を持つ貴族の当主でありながら、自分の意思でここに来た。家業に行き詰まったわけでも、行き場がなかったわけでもない。来ざるを得なかった。
――いや、違うな。
ここで学び、確かめたいことがあった。
だから来た。
もっとも、俺自身の異能は取るに足らない。
霊質の流れを、かろうじて知覚できる程度。
何かを起こせるわけでもない。
この程度の力で、大きな任務に関わることはない。
そう思っていたし、実際その通りだと考えていた。
だから聖女の担当になると聞いたとき、最初に浮かんだのは疑問だった。
なぜ自分なのか。
担当官に求められるのは、力の強さじゃない。
相性だと、そう説明された。
――馬鹿げている。
そう思った。
他に人材はいくらでもいる。
わざわざ俺を選ぶ理由が見当たらない。
その疑問は、しばらく消えなかった。
……だが。
ほんの僅かだが、否定できない感情もあった。
力ではなく、それ以外の理由で選ばれた。
必要とされた。
その事実が、冷え切っていた内側に、わずかに触れた。
自覚するほどのものじゃない。
だが、完全に無視できるほど軽くもない。
面倒だと思いながら、その役目を引き受けた。
聖女と初めて顔を合わせたのは、実務に入る前の教育段階だった。
その時点では、彼女の力についてほとんど認識していなかった。
選ばれた以上、何かしらの資質はあるのだろう――その程度の理解だ。
彼女自身も、力を不用意に見せることはなかった。
結果として、俺は彼女を見誤った。
侮っていたと言っていい。
だが、その認識が揺らぎ始めたのは、日々の模擬祭祀だった。
修練場は質素だ。
石床に並ぶ祭器、記録用の羊皮紙。
そこで行われる彼女の所作は、地味なものだった。
光を放つわけでもない。
声高に祝詞を唱えるわけでもない。
ただ、流れに触れるように手を置き、祈り、結果を落とす。
それだけだ。
……それだけ、のはずだった。
だが結果は、常に完璧だった。
淀みがない。
滞りがない。
過程のどこにも綻びがない。
祭器の水面が揺れ、その振動が空気に溶けて消えるまで、大樹に奉納される霊質の流れは一切乱れない。
俺のような、かろうじて知覚できる程度の人間でもわかる。
これは、偶然じゃない。
作られた演出でもない。
目の前で繰り返されるそれは、紛れもなく本物だった。
……理解したくなくても、理解できてしまう。
彼女は、聖女だ。
否定できるほど曖昧でもないくせに、完全に整理もできない。
――だが。
それでも結論は出ている。
上層部が進めている“大樹の根治計画”。
あれを実行できるとすれば、おそらく彼女しかいない。
あれは公にはされていない任務だ。
一部の人間だけが知る、王国の未来に関わる祭祀。
通常の聖女の役割とは別の場所にある、例外的な仕事。
そしてそれは、彼女に割り当てられている。
次の週、その予備の調査儀式が行われる。
形式上は確認のためのものだ。
だが実際には、見極めだろう。
……そして俺にとっては。
彼女の力を、はっきりと目にする最初の機会になる。




