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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
1章 黒
10/71

持つべき資質

異能の説明回です

祭祀官になるには、多かれ少なかれ異能の才が必要だ。


誤解されやすいが、何か大仰な奇跡を起こせる必要があるわけじゃない。

必要なのは、霊質を感じ取れること。

そして、それを理解できること。それだけだ。


祭祀庁は宗教機関であると同時に、学府でもある。

大霊樹――あの巨大な存在と共存するために、異能の観測と分析を積み重ねてきた場所だ。

だから、派手さは求められていない。

むしろ、価値観や異能に対して冷静な姿勢の方が重視される。


この国では、異能を持って生まれること自体は珍しくない。


王都なら五十人に一人か二人。

郊外なら百人に一人程度。


祭祀庁に至っては、事務職以外はほぼ全員が何らかの異能を持っている。


数としては希少だが、王都では特別視されるほどでもない。


異能は、あくまで“可能性を広げる資質”にすぎない。


治癒に特化すれば地方では重宝される。医術と組み合わせれば、普通の医者よりも成果を出せるだろう。

活性に寄れば武にも生産にも応用が利く。鍛冶で霊質を込めた祭器を作れば、国から補助も出る。


現実的な利益を考えれば、そちらを選ぶ人間の方が多い。


祭祀庁に来るのは、信仰に傾いた人間か、学者気質の偏屈か。

あるいは、家を継げない立場の者。


……つまり、わざわざ選ぶような場所ではない。


俺は、その例外だった。


領地を持つ貴族の当主でありながら、自分の意思でここに来た。家業に行き詰まったわけでも、行き場がなかったわけでもない。来ざるを得なかった。


――いや、違うな。


ここで学び、確かめたいことがあった。

だから来た。


もっとも、俺自身の異能は取るに足らない。


霊質の流れを、かろうじて知覚できる程度。

何かを起こせるわけでもない。


この程度の力で、大きな任務に関わることはない。

そう思っていたし、実際その通りだと考えていた。


だから聖女の担当になると聞いたとき、最初に浮かんだのは疑問だった。


なぜ自分なのか。


担当官に求められるのは、力の強さじゃない。

相性だと、そう説明された。


――馬鹿げている。


そう思った。


他に人材はいくらでもいる。

わざわざ俺を選ぶ理由が見当たらない。


その疑問は、しばらく消えなかった。


……だが。


ほんの僅かだが、否定できない感情もあった。

力ではなく、それ以外の理由で選ばれた。


必要とされた。


その事実が、冷え切っていた内側に、わずかに触れた。

自覚するほどのものじゃない。

だが、完全に無視できるほど軽くもない。


面倒だと思いながら、その役目を引き受けた。


聖女と初めて顔を合わせたのは、実務に入る前の教育段階だった。


その時点では、彼女の力についてほとんど認識していなかった。

選ばれた以上、何かしらの資質はあるのだろう――その程度の理解だ。


彼女自身も、力を不用意に見せることはなかった。


結果として、俺は彼女を見誤った。

侮っていたと言っていい。


だが、その認識が揺らぎ始めたのは、日々の模擬祭祀だった。


修練場は質素だ。

石床に並ぶ祭器、記録用の羊皮紙。


そこで行われる彼女の所作は、地味なものだった。


光を放つわけでもない。

声高に祝詞を唱えるわけでもない。


ただ、流れに触れるように手を置き、祈り、結果を落とす。


それだけだ。


……それだけ、のはずだった。


だが結果は、常に完璧だった。


淀みがない。

滞りがない。

過程のどこにも綻びがない。


祭器の水面が揺れ、その振動が空気に溶けて消えるまで、大樹に奉納される霊質の流れは一切乱れない。


俺のような、かろうじて知覚できる程度の人間でもわかる。


これは、偶然じゃない。


作られた演出でもない。


目の前で繰り返されるそれは、紛れもなく本物だった。


……理解したくなくても、理解できてしまう。


彼女は、聖女だ。

否定できるほど曖昧でもないくせに、完全に整理もできない。


――だが。


それでも結論は出ている。


上層部が進めている“大樹の根治計画”。


あれを実行できるとすれば、おそらく彼女しかいない。


あれは公にはされていない任務だ。

一部の人間だけが知る、王国の未来に関わる祭祀。


通常の聖女の役割とは別の場所にある、例外的な仕事。


そしてそれは、彼女に割り当てられている。


次の週、その予備の調査儀式が行われる。


形式上は確認のためのものだ。

だが実際には、見極めだろう。


……そして俺にとっては。


彼女の力を、はっきりと目にする最初の機会になる。

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