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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
6章 赤か黒か
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無邪気に花やぐ乙女たち

「リシェリアお姉様!とても素敵です!」


今日は珍しくもメイスン家の市邸に、エリシアナとリシェリアの新旧の聖女二人が揃って賑やかしい午後を過ごしていた。

 

エリシアナがリシェリアの手をとり、目を潤ませるようにして感動の声を上げた。仮縫いが仕上がった交代式の衣装を並べて身に着けた二人は、まるで一対の花のように映える。


「エリーこそ、とっても可愛いらしいね。それに、お揃いみたいで私も嬉しい」


リシェリアが、柔らかくほころぶ笑みで返す。表情は穏やかで、ほんの少し肩の力が抜けているように見える。緊張続きだった日々の中で、この瞬間だけは少女らしい楽しげな色が滲んでいた。


「セランさんもそう思いますわよね!」

 

無邪気に振り返るエリシアナの声に、場が一瞬ぴたりと静まった。


「ん、え、ああ…そうですね」

 

不意に指名されたセランは、わずかに目を丸くし、慌てて返答する。

 

彼の声は落ち着いているようでいて、どこかぎこちない。茶卓に座る姿勢も居心地悪そうに背を伸ばしたままだ。彼が何故、このような関係のない集いに呼ばれているのかというと、リシェリアに呼ぶように頼まれたからに他ならない。


この邸宅では彼は兵士ではなく、私とリシェリアの客人として扱われている。また最近庭に出るようになったエリシアナとも交流し、お互いにそれなりに打ち解けた存在でもある。

ゆえに、身分の差はあれど、多少の逸脱した態度をこの場でとがめられることはない。だが、彼自身にとっては貴族と同卓し、衣装の感想を求められることは場違いでしかないのだろう。


実際には、昼寝をしていた客室から「仮縫い衣装を見せてあげるだ」とリシェリアに強引に引っ張り出されて、ここへ座らされているのだ。

 

「リシェが一人で、俺のいるところに見せにきてくれれば良いのに」とぼやいていたときの不満げな顔を思い出し、思わず私は笑ってしまった。


「お揃いにしたのを見せたいんだから。というかあんた、紳士なら…エリシアナのことも褒めなさいよ」

つい小言を投げる。


「アストリット様。良いのです」

エリシアナは慌てて恐縮の言葉を差し挟んだが、その頬はほんのり赤らんでいる。


「セラン。ほら見て。エリシアナも可愛いでしょう?……帰ったらマティアスにも教えてあげて欲しいの」

リシェリアは楽しげに言いながら、エリシアナの手を再び取った。まるで舞のリードをするかのように手を引き寄せ、顔を寄せ合う。二人の銀糸と褐色の髪が並んで揺れる光景は、眩しいほどだった。


「うん。いいんじゃないか」

セランは短い言葉で答えた。語彙力に乏しい返答だったが、彼の顔には確かに“可愛い”と書いてあるように見えた。あの素朴な眼差しには、飾り気のない誠実さがある。


何故聖女の集いにが我が家に行われているのか。それは交代式に向けての衣装は、細部まで私が手配し、仕立てから管理まですべてを担ったからだ、


去年までの衣装にも、誰かの拙い仕込みを試みた痕跡があったのだ。その為、メイスン家の手配で衣装を一新することとした。あんなことがあった城内では、新しい衣装を保管する気も起きなかったた。


だから。迂闊に手出しが出来ないように安全を期し、この場所で準備を進めたのだ。

 

リシェリアの衣装が整えば、当然エリシアナのものも同時に進む。だから今日は、仮縫いのために彼女もこの屋敷へ足を運んでいた。


あの事件の裏と対応については当人のリシェリアとセラン、そしてエリシアナには伏せられていた。聖女は課せられた任務に注力すべきだからだ。担当官のアデラからそれとなく注意は受けて察するものはあったかもしれない。エリシアナの侍女は、ヴェルセル家から新しく任ぜられた浮つきのない熟練の女性変えられていた。


「それではこの仕上がりで本縫いさせていただきます」

仕立て屋が恭しく頭を下げ、二人の令嬢の仮縫いを終えた。


一度衣を脱がなければならない。

リシェリアとエリシアナは控え室へと姿を消していく。


「それじゃ、俺も下がります。お帰り際に声掛けてください」

茶器を静かに置いて、セランが腰を上げた。


「セラン。どこにいくの」

去ろうとする背に、リシェリアが小さく呼びかける。控え室へ向かう足取りを緩めてまで、引き止めるような声音だった。


「庭の隅っこ借りて素振り」

セランはそれ以上振り返らなかった。


私は小さくため息をつき、肩を竦める。

「それじゃセランがどれだけ仕上がったか、私が見てあげる。サフィア、あとはお願い」

侍女にその場を任せ、セランの後を追った。


木剣を手にすれば、彼も何も言わない。ただ当然のように、私を前に構える。

互いに無言のまま、剣が鳴った。


半年前から剣を交えていなかった。久々に受け止めた衝撃に、腕が痺れる。

「剣が重くなった、いいね」

軽口を飛ばすと、セランは短く吐き捨てる。


「三食食えてるからな。……っくそ。その代わり、……遅くなった!」

打ち合いながら声を上げる。


実際、セランの剣をいなすのは苦しかった。男女の体格差はどうしても覆しがたい。

私にあるのは早さとしなやかさ、それに判断力。だが――セランはそれすらも持っている。野生の勘とでも呼ぶべきものが、彼にはあった。


「まだ……!負けたくないんだけどな!」

彼の剣が足元を狙い、なぎ払う。私は飛ぶふりをしてかわし、その勢いで剣を蹴り上げた。


金属音が乾いた空気を裂き、セランが剣を取り落とす。

「おい!ずるいだろ」

思わず笑ってしまう。もともと一対一で勝てる相手じゃない。武器を落とす方が悪い。


「なんてな」

私が剣を喉元に突きつけようとした瞬間、逆に足を薙がれる。すっかり兵士の顔をしていたから忘れていた。……そもそもセランは剣士じゃない。本来は弓や、体術のほうがずっと得意。


「あっ」


体勢を崩して地面に足をついた、その顔の横に――先ほど蹴り上げた剣が落ちてくる。


危ういと思う暇もなく、セランの手が反射的に伸びた。

刃は私に触れることなく、彼の掌に収まる。反動も揺らぎもなく、吸い込むように。


「こういうの危ないぞ。真剣ではやるなよ」

淡々とした声が降りる。


喉の奥で、言葉が詰まった。

心臓の鼓動が一瞬、乱れる。


「……ありがと」

絞り出した声は、自分でも情けないほど小さかった。

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