赤への視察 視線の交差す庭の中
朝露に濡れる早朝の庭にはもうすでにリシェリアとセランの姿は揃って作業に従事しているところだった。
「庭に来るのは珍しいな」
セランが片手を挙げてこちらを迎える。
「おはよう、アスティ。朝から今日はどうしたの? 会えて嬉しいけど」
リシェリアも手を止め、にこやかに笑いかけてきた。
「年末も近くなってきて、いよいよ交代式ももうすぐでしょ。警護の計画を立てるためなの。一日付き添わせてもらうわ。って言ってもリシェリアにくっついて回るだけだから。気にしないで」
そう告げると、二人はすぐに頷いた。
ここは朝の庭。私は一日、リシェリアのそばにつく許可を得ていた。もちろん表向きの理由は本当だ。けれど裏では、赤と黒――あの賭け事に絡む輩への牽制や、噂の出処を探る意味合いもあった。もし胴元が見つかるのなら、止めるのも私の役目になるだろう。
視線を巡らせる。
隣の庭――当代エリシアナの庭が、垣根を挟んで見える。
あそこは庭師のマティアスを筆頭に数人の管理者が分担して手を入れている。担当官のアデライナやその関係者も出入りするはずだ。庭の外は城壁で囲まれているが、周囲には木立が茂り、特にエリシアナの庭は視界が悪い。人が潜むには格好の場所に思えた。普段は貴人がほとんど足を踏み入れないから、警備も緩い。だが、もしリシェリアがする逢瀬を知りたいと――覗き見る者にとっては十分な隠れ蓑になる。
顔を上げる。
ここは王国軍と祭祀の両方庁舎の狭間だ。二つの建物の窓がいくつも見える。
下層階の部屋はこちらからでも中まで透けてしまう。
上層階からなら庭の全体を見下ろせるだろう。
覗き見をするなら、隣の庭からよりも上からの方がはるかに容易で、自由だ。
カイルの執務室もここから見えた。カイルが窓の際に立てば、あそこからも見下ろせるのだろう。
そう考えると、噂の出所をひとつに絞ることはできなかった。死角は多く、視線を投げ込める場所はいくらでもある。
用心深く観察していると、セランが近づいてきた。私がここにいる目的を知ってか知らずか、その口からはすぐに助言が飛び出す。
「視線や射撃を気にするなら、あの窓、それからあの辺り。死角が多いのはあの影と、あそこの行き止まりが侵入者や間者が潜みやすいと思うぞ。まあ、今まで外の奴の匂いがしたことはまだない」
侵入がないことは喜ばしいが、残念ながらそれは城内に元からいるはずの噂好きが潜んでいない証にはなりそうにはならない。それでも良い話は聞けた。
「そう。参考になるわ。ありがとう」
一応礼を言ってから、少し踏み込む。
「……見られているって感じる?」
セランには素直に訊いていい。彼の感覚は鋭い。
「リシェがいなけりゃそうでもないが、いつもそれなりに見られてるよ。……披露目の後は少し増えた気がするな」
「了解」
短く応じると、セランは手を挙げてリシェリアのもとへ戻っていった。水桶を抱え、わざとらしいほど雑に水やりをして、リシェリアに杓で背中を叩かれる。やり返すように頭を押さえて杓を奪い合い、二人は声をあげて笑い合った。
「微笑ましいわね」
独り言が自然と零れる。
やはり、わざわざ警告するまでもなかった。セランは必ず周囲を気にしながら振る舞っている。その意識は身体の安全警護に寄ってはいるが。
そもそも――私の記憶ではセランは、公衆の人前では節操なくリシェリアに触れるような男ではない。少なくとも、今まで他人の前に見せる振る舞いはあくまで幼馴染や友人の範囲に収まっている。だが、隠しているわけでもなかった。少し観察すれば誰もが察する。彼がリシェリアに心を捧げていることを。何よりも、リシェリアから親愛を注がれる唯一の存在であることを。
二人が揃って並んだ素の姿は、まるで絵本に描かれるような純愛そのものだった。
見ている者の心を浄化するようで、下世話な憶測や感情を抱いてはいけない気持ちにさせられる。
けれど現実には、彼らはもう成人した男女で、物語のように美しいだけではない。
その綺麗な絵の裏にはいくつもの物語があるはず――そう思われているからこそ、身勝手な噂をまき散らされるのかもしれない。
誰かの想像や願望が、飾りつけを重ねて実態のない噂を形成しているのだろう。
この始まったぱかりの一日の長さに思わず胸が重くなった。




