表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
6章 赤か黒か
79/140

秋の夕暮れ、荒らされる縄張り

昨日はリシェが外出していて、夕方の庭の世話には来なかった。

たった一日ぶりだというのに、庭に彼女がいないと落ち着かない。昨日見かけた調子の悪い枝のことも気になっていた。剪定すべきかどうか、相談したかったのだ。


「セランさん。こちらの資材、来期使いますか? 使うならお渡ししておきますが」


隣の区画から声をかけてきたのはマティアス。エリシアナに仕えている庭師だ。物静かで控えめだが、悪い奴じゃない。庭師としても経験豊富で、俺にとっては結構頼りになる存在だった。


「ああ、助かる。後でリシェに聞いてからもらいに行く」


そう答えて、つい話に身を乗り出す。庭の資材や肥料のことはリシェの好みもあるから、勝手に決めるわけにはいかない。彼女に確認してから――そう思って口にした。


その時だった。


庭に、リシェの気配が差し込んできた。

胸の奥が、ひとつ大きく跳ねる。


……だが、同時にもうひとつの気配もあった。


カイルだ。


リシェと一緒に、こちらへ近づいてくる。

けれど二人はまだ俺たちには気づいていない。マティアスの庭は段差があって、こちらからはよく見えるが、向こうからは死角になっている。


その一瞬の距離感に、胸がざわついた。


リシェが少し前を歩き、カイルは半歩下がって後ろを進んでいた。

その姿を、隠れるようにして俺は見てしまった。


カイルが左右に視線を巡らす。

……きっと、俺がいないことを確かめたんだ。


これ以上は見るべきじゃない。

わかっているのに、目が離せなかった。


リシェを呼び止め、二言三言。草木が遮って唇は読めない。声も届かない。けれど、リシェの表情は見えてしまう。


――笑った。


やめろ。笑うな。

その笑みを向けるのは、俺だけでいい。


リシェの手が自分の頬へと上がる。その手を、カイルが取った。

どう取り繕っても、ただのエスコートではない。あれは違う。


カイル。お前は外でやれるだろう。

なのに、ここで――。


ここだけは俺とリシェの庭なのに。

なのに、ここでさえ俺だけのリシェじゃない。


胸の奥に冷たいものが走り、視線を逸らした。

出て行きたくなかった。出てしまえば、高貴な奴らに跪くしかない。俺は兵士、あいつらは貴人。差は絶対だ。


「あ、リシェリア様がお戻りですよ」


マティアスが声をあげた。俺の内心など知るはずもないが、気を利かせようとしてくれたのが伝わる。


「……私がお声かけしてきますから、少し後からおいでください」


――いいやつだ。本当に。俺の萎縮を察して、時間をくれようとしてくれる。


「大樹の木陰佳き日でした。リシェリア様、カイル様」


マティアスの声に、二人の返答が重なる。

「あ、ああ」

「こんばんは、マティアス。セランを知っています?」


リシェが俺を探す。……呼ぶな。呼ぶなよ。出なければならなくなる。


「はい、いま相談があってこちらに。すぐ参られます」


マティアスが続ける。おかげで覚悟と呼吸を整える時間はもらえた。行くしかない。


資材を小脇に抱え、死角から姿を現す。

まるで今、二人の存在に気がついたふりをして。


二人はもう手を繋いでいなかった。マティアスの前ではさすがに日和ったんだろう。……ふん。


「……荷物がありまして目礼で失礼いたします。こんばんは、カイル様。リシェリア様」


慇懃に頭を下げ、二人の視界から外れるように壁際に立った。


「ああ」

カイルは素っ気なく答えた。――いてほしくなかったのだろう。


「セラン。お疲れ様。それは?」


「こちらはエリシアナ様のお庭の資材です。今後不要となるようで、必要であれば我が庭に下賜くださるとのことです」


言葉が自然に出てきた。前よりも敬語がすらすらと出る。けれど、口にするたびにリシェとの距離を突きつけられるようで、苦い。


「まずはリシェリア様のご意向を確認したくお持ちした次第です」


肥料、殺菌のための溶剤――土を整える資材を足元に並べる。

二人を見ない。顔を上げたくなかった。

俺はただ、視線を落とし、資材だけを見つめ続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ