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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
6章 赤か黒か
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秋の夕暮れ、約束の逢瀬

秋の夕暮れ、約束の日がようやく訪れた。

齢二十を超えて、過去何人かは婚約者という存在がいたこともあったというのに。

想いを寄せる女性と、市街の料理店へ向かう――ただそれだけのことが、これほど待ち遠しく、胸を高鳴らせるものだとは思わなかった。


馬車を目的地より手前の公園の近くで降りた。

たまには、彼女が属する王都の景色を少しは見てもらいたいという思いもあった。

城からの眺めでは、城壁の中からいつも大樹を間近に仰ぐばかりだが、遠くにそれを望む景色もまた格別だろうと。


「……ああ、町の色が秋ですね」


リシェリアが目を細め、紅葉に染まる町並みを見渡す。赤や黄の群れの中で、ただ一人、白銀の髪をなびかせた彼女だけが鮮烈に映える。

光に透ける髪と、頬に落ちる夕の赤が、あまりにも美しく――目が眩む。

今日は私的な外出だし、お互い平服に落ち着いた色の外套も来ているからか、リシェリアの色彩だけが一層、白く輝くように見えた。


「うん。大樹は常緑だけど、町の木々は紅葉するものが多い。冬には雪も降るけど、大樹の陰だからあまり積もらない」


「凄いです。子供たちも外で遊べますね」


「……あの辺だけだし、気温は寒いよ」


気づけば俺は、ごく自然に雑談を続けていた。かつては人嫌いを隠そうともしなかった俺が、こうして彼女と取りとめのない会話を交わせるようになった――そのこと自体が、今年一番の成果だとすら思えた。本当なら夜景も見せたい。肩を寄せ合い、灯りのまたたく町を眺めたい。そんな夢想すら浮かぶ。

だが、聖女となって容姿が広まった彼女に軽々しくそれを許すわけにはいかない。


「あの髪。噂の聖女さまじゃない?」

「お忍び?御公務かな」

「一言だけでも話ができないかな‥‥」


「お前たち。それ以上は近寄らないように」


案の定、そんな市民のざわめきと警備のやり取りが遠くに聞こえ始めて、内心苦い笑いがこみ上げた。


夜間なら、さらに手厚い警備が必要になる。寄り添うとしたら、まだ執務室の中で我慢するしかない。

それに……サフィアを通じて、アスティから「閉門までに必ず戻せ」と釘を刺されてもいた。初めからそのつもりだったが、わざわざ口出しされるとどうにも面白くない。

とはいえ――そんな些末な苛立ちは、もう忘れてしまおう。


何よりも、ようやく手に入れた二人の逢瀬なのだから。


「今日は薬草が主体になる、“薬膳”という種類の食事なんだ。味わいながらもテーブルマナーもちゃんと復習していこう」


「わぁ。初めて聞きました。お料理はとっても楽しみです。でも……こんな時でもお勉強ですか?」


彼女がくすりと笑った。


「まさか、気を抜いていたのかい? リシェリア、だめだよ。すべては学びだ」


わざと得意げに人差し指を立てて見せると、彼女は少し肩をすくめ、けれど嬉しそう肩を揺らした。

――嬉しさで喉が詰まりそうになった。その笑顔を見られるだけで、俺はどれほどでも気負いを背負える。


貴族外の奥に、控えめな外観の隠れ家風の館。そこが料理店であることを知る者は限られているという。

――貴賓のための店。貴賓のための一室。ここなら、急な伝令も突然の公務も次の予定も割り込めない。

入り口にはすでに店員が迎えに出ており、俺たちを丁寧に案内する。


「カイル、見てください。裏手に薬草園が見えますね。あ、見たことのない葉や実がたくさん」


「後で庭の方も見せてもらえるか、聞いてみよう」


アデライナから聞いた、元聖女ユーディナの心を射止め、婚姻に成功した偉大な先達祭祀官コンラートが教えてくれた店だった。

彼曰く、『大樹に選ばれる聖女は、心が自然に根差している。植物に深くかかわるものは本質的に好きだ』というのだ。

何の根拠もないように思うが、リシェリアの反応を見る限り、信じてもいいかもしれない。


薬草茶(ハーブティー)の種類も沢山あると聞いているよ」


「わぁ。選ぶのだけで日が暮れてしまいそうです」


期待にリシェリアは顔を明るくさせた。


……君がいれば今日の甘味は不要だな。


最悪、味は好ましくなくてもリシェリアと二人だけの思い出が増えるというだけで、きっと幸せだ。

先ほどは諦めたけれど。帰路は高台を選んだ、やっぱり馬車内からだけでも夜景を案内してみよう。

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