赤か黒か
「赤か黒か」
――それは、もはや誰かが面白半分に口にした一言で、いつの間にか城の空気そのものに溶け込んでしまった言葉だった。
はじめは、ほんの些細な悪戯だったのだろう。侍女のひとりが、廊下の陰でこぼした軽口。あるいは兵士たちが、酒の席で笑いながら交わした冗談。その程度の、どこにでもある話だったはず。
けれど、火は燃え広がる場所を選ばない。
御披露目のあと、聖女という存在が人目にさらされたことで関心は一点に集まった。神聖でありながらもあまりに異色で、美しく、特別に見える少女。そして対角線のように並んだ二人の存在は、あらゆる人の興味を生んだ。
そして、その興味は必ず形を欲しがる。
誰かが、分かりやすい呼び方を与えた。
知ってか知らずか、忠実に従う赤毛の兵士を犬に見立て『赤い番犬』。
単に犬に合わせたのか、それとも冷ややかな外への視線が狐を思わせるのか『黒衣の狐』。
それだけで十分だった。名を挙げる必要すらない。城の中で生きる者ならば、誰もがそれを理解できた。赤はあの兵士、黒はあの祭祀官。言葉はさらに簡略化され、色だけが残り、やがて誰の口から出ても同じ像を結ぶようになった。
「どちらが白の聖女を射止めるのか」
その問いは、品位のあるものではない。むしろ猥雑で、軽率で、無遠慮なものだ。それでも人はそういう話を好む。神聖なものと人の欲が交わる場所には、必ず覗き見たいという衝動が生まれるからだ。
庭に出れば、赤毛の兵士が当然のようにそこにいる。自然に寄り添い、何の気負いもなく隣に立つ姿は、あまりに馴染んでいた。
礼拝堂に足を運べば、黒衣の祭祀官が控えている。言葉少なに、しかし確実に聖女の動きを支え、時に囁き、静かに見守る。その視線の深さに気づく者は、決して少なくなかった。
どちらも、あまりにわかりやすい。
だからこそ、人は勝手に物語を編む。
賭けは、自然と生まれた。
「今日は赤が有利だ」
「いや、黒いのが柱の影で袖を引いていた」
確かな証拠などなくても構わない。誰かが見た、誰かが聞いた、あるいは見た気がした――それだけで十分だった。噂は事実を必要としない。繰り返されることで、それらしくなる。
胴元は一人ではない。厨房の隅、兵舎の寝台、侍女たちの控え室、それぞれで勝手に基準が作られていく。
「今日はどっちが多く笑わせたかで決める」
「いや、次にどちらに手を振るのかにしよう」
基準は曖昧で、勝敗も流動的だ。だがそれが面白い。日ごとの勝者が決まり、さらに週ごとに集計され、掛け金が動く。本気で銭を稼ごうとする者もいれば、ただの遊びとして興じる者もいる。中には、自分の賭けを有利にするために、証言を盛り、歪める者も現れた。
思惑は絡み合い、もはや誰にも全体像は見えない。
それでも流れは止まらなかった。
やがて、その波は城壁を越えた。
城下町へと降りたそれは、さらに形を変える。赤と黒に塗り分けられた木札、即席の賭け具、小さな賽。酒場の片隅で、通りの露店で、誰かが笑いながらそれを転がす。
「赤か黒か」
その掛け声は、もはや特定の二人を指すものですらなくなりつつあった。ただ勝敗を決めるための言葉として、軽く、簡単に使われるようになる。
子供たちの遊びにまで入り込むのに、そう時間はかからなかった。
「いっせーの!」
「赤黒赤黒赤黒……赤!」
「じゃあお前が先な!」
弾けるような笑い声。そこにはもう、聖女も、兵士も、祭祀官も存在しない。ただ順番を決めるための、無邪気な符丁として転がっている。
だが、その無邪気さこそが、根を深くする。
奇妙なことに――当の本人たちは、その流れの外にいるようでいて、完全に無関係ではなかった。
赤毛の兵士は、迷いなく赤を選ぶ。
黒衣の祭祀官は、考えもせず黒を取る。
それは単なる癖にすぎない。何を意味するわけでもないはずの、無意識の選択。
けれど、その一瞬を目にした者がいれば、それはまた新たな「証拠」として流れていく。
やはり赤だ。
やはり黒だ。
そうして、噂はさらに補強される。
当人たちの知らぬところで。
当人たちの何気ない仕草によって。
まるで、見えない誰かが仕組んだかのように。
「赤か黒か」
その問いは、誰の手も離れてなお、静かに、そして確実に、広がり続けていた。




