魔女でなくなった明くる朝
御披露目式の最中、俺は市内の警備に回されていた。
結局、肝心のリシェの近くには一歩も寄れないまま、それでもアスティのお情けで、行列の通り道だけは見える場所を融通してもらい。そして、何の乱れもなく終わった。
正直……複雑だった。
行進のなか、花吹雪を浴びて進むリシェ。綺麗さに目が眩んで、誇らしいはずなのに息が苦しかった。
村で弟と「どっちがリシェを嫁にもらうか」で喧嘩になったあの時から、譲れないものだったのに。
今じゃまるで遠いところへ持っていかれるみたいで、吐き気すら覚えた。
けれど街の人々が口々にリシェを褒める声を聞けば、涙が出そうに嬉しくもあった。
リシェがもう蔑まれず、石じゃなく花が投げられるその姿を見た時は、本当に心から安堵した。
「恐ろしい魔女」なんて陰口じゃなくて、「綺麗な聖女様」と誉められる。
嬉しくないはずがない。
終わったあと、街に溢れたお触れの紙や新聞の切れ端を見つけては片端から拾い集めた。
どの紙にも彼女の姿や言葉が刷られていて、誇張も混じっていたが、それでも宝物のように思えた。次に親父たちへ手紙を送るとき、同封して自慢してやろう。きっと喜ぶ。
あの日、リシェを追い出したトルニカの連中に見せびらかしてやりたい。
流石に、まだ翌日には庭に戻って来ないだろう、と俺は思っていた。あれだけ神経をすり減らす一日だったのだ。身体も心もきっと疲れているはずだ。
本音では早く会って喋りたかったが、無理に期待はしなかった。
それなのに――。
庭に入る前から、香りがしていた。ほんの少し駆け足で入れば庭奥の作業小屋で丸くなって、並べられた幼苗を眺めているリシェがもういた。
俺が頼まれて植えた薬草の子株らだ。まだ弱々しいが、根を張ろうと懸命に小さな葉を揺らしている。
「ちゃんと出来てるだろ」
思わず声が弾んだ。嬉しくて、労わる言葉より先に自慢が口をついて出た。
だって、リシェは庭を一時も忘れたことなんてない。その姿を見せてやる方が、きっと一番の喜びになる。
「うん!この子達、気が難しいから……セラン、ありがとう」
笑った瞬間、リシェは猫みたいに俺の肩へ頭突きをするように擦り寄ってきた。
……小屋の中は小窓しかなくて確かに死角だが、それでもはしゃぎすぎだ。あんなお姫様のような聖女が、こんな子供みたいな仕草を見せたら、誰だって目を剥くだろうな。
けど、わかってる。リシェはあの完璧な人形じみた振る舞いに疲れてて、ようやくここで素に戻れるんだ。
今日は見逃してもらおう。
「おう。あと、お疲れ。いやおめでとうか?聖女リシェリア様」
口ではそう言ったけど、内心は複雑だった。披露目前は、焦がれるほど恋しく思っていたのに。こうして側に戻ってきた彼女を前にすると、しばらくは兄として妹を甘やかすつもりでいよう、と自然に思えた。雄の衝動は脇へ追いやって。
「ん~。そんなことより、庭がどう変わってるか教えて」
……ほらな。
結局、リシェが一番気にするのは、庭のことなんだから。




