聖女との対面
ep1 【聖女の登城】の後の話になります
聖女の正式な就任前だ。
現時点で見習いでしかない庶民の少女を城が迎えることは異例な事。
大々的な入城式もなく、送迎両面の関係者だけの簡素なものだった。とはいえ後ろ盾がメイスン家だけあって、衣装や持ち込まれる荷物は山を作ったとは聞いた。
どうせ聖女に就任後は支給のお仕着せ一種類で過ごすことを思えば、それすら無駄を感じるが。
そうして登城したと聞いてからの数日後。
顔合わせ日。指定された時刻ちょうどに応接室の扉を押し開けた瞬間、視線が空振りした。そこにあるべき影が見えなかったからだ。
…………誰もいない。
胸の奥にひやりとした苛立ちが灯る。呼びつけたはずの相手の姿はない。
「聖女は何処だ」
「お早めにいらして、先ほど中庭にお出になりました」
警備は部屋横の中庭に通じる吹き抜け廊下を指した。
思わず舌打ちが出る。
「っ……物見遊山のつもりではないだろうな」
律儀さを欠いた振る舞いに、足取りは自然と速くなる。石畳を打つ靴音が冷たく響き、胸中では面倒な役目を任されたものだと考えていた。
中庭に差し込む陽はやわらかく、白花が満ちていた。その真ん中で、簡素な式服に身を包んだ女性の影が花棚を仰ぎ見ている。淡く透けるヴェールが風に揺れ、目元を隠し表情を覆い隠していた。
「君が、聖女見習いか?なぜ部屋にいない」
思わず声が低く出る。
少女は振り返った。
礼を取ることもなく、頭を軽く下げ、声だけがヴェールの奥から洩れた。
その声音には、謝意も焦りもなく、淡々と紡がれただけだった。
「申し訳ありません。苦しむ声を聞いてしまったので出てきてしまいました」
失礼な女だ。
待たせたこともそうだが、きちんと礼すらできないのか。
アスティは最低限の礼儀作法すら教育していないのだろうか、と苛立つ気持ちが湧いてでた。
それでも、促して聞かないと話が進まない。
「声とは?」
「この子です。巣から落ちてしまったようです」
彼女は包むようにしていた掌を差し出した。
この季節には、ままあることだ。手の中には鳥の雛が弱弱しく痙攣している。言う通り、花棚の下の営巣から落ちたのだろう。
「……ああ、成程」
癒しの力で治して、聖女らしいところを見せてくださるというわけか。
そう意地悪く思ったが、回答は意外なものだった。
「申し訳ございません。今、埋めてしまいますので、もう少々お待ちください」
「え」
面食らった。
彼女は、手の中の震える小鳥が、すでに死していると、淡々と宣言したのだから。
しゃがみ、花壇の隅を手で掻き穴を作り埋めていく。
感動的に土を盛ることも墓標も作ることもせず、ただ土をならした。
「……癒してみせないのか?」
「ああ、いえ、こちらは。震えているのはただの反応で、ここにはもういません。間に合いませんでした」
彼女は俺が何を言いたいのか、わかったようで簡潔に話を閉じる。
土埃が舞わないように静かに手の砂を払うと立ち上がった。
「お待たせしました」
なんて、浮世離れした女。
「——お初にお目にかかります。リシェリアと申します」
リシェリアと名乗った女は今度はきちんと向き直り、裾をきちんと揃えた正式な礼をとった。
奇跡を見せて、人心を籠絡するつもりだと勝手に思っていたことが少し居心地が悪くなってしまった。
……もういい。話題を戻そう。
「ああ。私はカイル・ラス・アーレンス、君の担当官だ。叙任までの祭祀に関する指導係も担当することになっている。勤勉に努めてくれ」
切り替えて挨拶も感情も交えず、事務的に告げる。
「はい、よろしくお願い…」
不意に風が吹いた。
彼女の顔にかかる薄布を柔らかく持ち上げ、その奥を一瞬だけのぞかせる。
衝動に似たものが走った。
次の瞬間、無意識に腕が動いて巻き上げられたままの位置でヴェールの端をつまみ上げていた。
なぜそうしたのか、自分でも理解できなかった。
あまりに礼儀がなっていない。俺の中にある淑女に対する態度規範にもそぐわない。
でも好奇心が止められなかった。
どんな顔をしているのか、知りたかった。
噂の、災厄の魔女、奇跡の聖女、傾国の女、夢を見る少女。どれが正しいのかと。
「……」
リシェリアの顔が露になり、見つめあった。
驚いた青い瞳がまるく見開かれ、聞いていたよりは幼げな顔の少女がこちらを見ている。怒りも涙もない、ただ瞬くばかり。とにかく現れた顔は、拍子抜けするほど普通の、ただの人間だった。
いや……まあまあに整った造作ではある。清楚さがあり、可愛らしいと言える。
髪と瞳の色は、俺も初めて見る組合せの色彩だ。
しかし、世を惑わす魔性の艶やかさなどどこにもない。
「……普通、だな」
肩から力が抜けた。風聞に惑わされていた己が馬鹿らしくなる。
リシェリアは一瞬迷うような間を置いて瞬きを繰り返したが、何も返答を発しなかった。ただ、俺が投げつけた視線と言葉を受け入れて、それから、気にしないことにしたようだった。
表情を崩すことなく、挨拶を続けた。
「アーレンス様。以後、お世話をおかけします。よろしくお願いいたします」
動揺して泣きだしたり、無礼を怒ったり、顔を赤らめたりすらしない。
……胆力はそこらの娘よりあるか。
そう思いながら手を離すと、ヴェールは彼女の顔を再び隠した。
「あ、ああ。下がっていい。明日午前より執務室に来るように」
「承知いたしました」
彼女は護衛に連れられ、軽い足取りで去っていく。
その小さな背が中庭の向こうに消えていくのを遠目に見送りながら、アスティの軽口がふと脳裏に浮かんだ。
……何が『一目惚れしないで』だ。




