警告と依頼
しばらくカイルの性格の悪さに辟易するかと思いますがしばらくお許しください
聖女に内定したリシェリアは、出自の知れない平民だった。
俺のもとに届けられた身上書にそう書かれていた。
庶民の娘が、いきなり祭祀庁の頂点に据えられる――常識では到底考えられない。だが、今回の選定はその常識を嘲笑うかのように、あっけなく結果を突きつけてきた。
噂に尾ひれがつき、異形の耳だの、毒婦めいた妖艶さだのと囁かれていたが、実際には何ひとつ当てはまる記載はない。
対面したものからの言によれば、平均的な10代後半から20歳の頃の背格好で、彼女が持つ特殊性は銀色の髪と、青い瞳。その二つだけだ。
この国ではまず見かけぬ色彩で、これについては異国の血が混じっているのかもしれない。
その希少な色彩と、清楚で控えめな佇まいがまるで氷細工のようだと、すでに密やかに“氷の聖女“と呼ばれているらしい。
馬鹿馬鹿しい。常として聖女は時代を冠した二つ名をつけられることが多いが、よりにもよって映えある千年の祝祭に、冬を思わせる“氷”だとはな。それ以外に見目良い言葉が見つからないほどに個性凡庸なんだろう。
やがて「神秘の証」として膨らまされたのだろうと、俺は見当をつけた。
では、彼女を押し上げた真の要因は何か。答えは一つ。
親王家にあたるメイスン家、その公女アストリットが彼女を見出し、後見に立ったことだ。
メイスン家――現王の姉が当主を務める家系で、王権に対抗する有力勢力の中枢。その女当主クラウディアは、したたかな政治家として知られ、自らの勢力を広げるために祭祀庁という巨大な権威と民意を取り込もうと画策したのだろう。庶民出身の聖女候補を担ぎ上げることは、その一手として理にかなっていた。利権と思惑が透けて見える。
その旗頭を果たしたのが、アストリット――アスティだった。
彼女は俺にとって馴染み深い存在だ。
領地が近く、幼少の頃から顔を合わせる機会があった。互いにまだあどけなさの残る時分に、言葉を交わしたこともある。
実家が水害に見舞われたときには、隣接するメイスン家から多大な援助を受けもした。その負債を思えば、彼女からなにか頼まれれば突っぱねることなど到底できない。アスティもそれを承知している。
だからこそ、面会の申し出があった時は素直に受け入れた。
世話になるという社交辞令の挨拶や、彼女が後見する聖女に対して便宜してほしい……そんな願いだろうと思っていた。
久しぶりに相対した彼女は、記憶の中の令嬢の延長ではなく、髪を短く切りそろえた、女将校の凛々しい姿で颯爽と現れて、何も挨拶をする間もなく応接椅子に腰を下ろした。
「堅苦しいのは不要よ。単刀直入に言うわね。お願いがあるの」
子供の頃の延長のように、軽やかに告げてきた。
「担当官に選ばれたんでしょ。ついでで悪いけど、リシェリアに正式な任期の開始までに、祭祀の基礎教育をお願いしたいの。祈りとか奉納とかそう言った作法よ」
「は?」
聖女なら。いやこの国の貴族令嬢なら。皆当たり前に身に着けていることだろうが。
思わず脳裏に浮かんだが、口から出る寸前で耐えた。
「城に上がるまでの初等教育や礼儀作法は最低限までは間に合わせたんだけど、どうしても祭祀についてまでは間に合わなかったの。あとで、頼みたいことは書面にまとめて届けさせるから。……お願いね」
声音は柔らかかった。だが、視線は有無を言わせない迫力を湛えていた。
その背後にある身分と権威は重い。現王の姪、親王家の公女。その言葉に「否」を返せる者がどれほどいるだろう。
「……わかった」
聞きたいことは沢山あった。文句はもっとある。
だが、俺はそう答えるしかなかった。
本来ならば、俺の奴隷生活が始まるのは半年先のはずだった。聖女の就任式を終えてから、担当官として仕えるのが規定だからだ。
だがアスティの一言で、その段取りはあっさりと無視された。
神の代行者を名乗る少女に基礎を教えろ? 皮肉としか言いようがない。
俺が虚構の偶像を完成させなければいけないのか。
うんざりした。
だが……ほんの少しだけ悪い気持ちが起きた。
相手はただの平民だ。銀の髪と青い瞳という希少さはあれど、それだけだ。おそらくは無垢に神を信じ、己に与えられた力を「天からの贈り物」とはしゃいでいるに違いない。
ならば――多少は八つ当たりしてもいいか。
「神などいない」ことを冷静に語り上げて、涙を流させるのもよい。
あるいは逆に優しく甘い言葉で持ち上げ、民衆の前で自ら「神だ」と言うように仕向けようか。
それと気づかれない程度に厳しく指導して、聖女の任を放り出してもらおうか。
まだ正式な就任前。彼女が自分から逃げ出す分には構わないはずだ。
取り替えが利かないほど、癒しは希少な異能でもない。
聖女が代わるなら、この厄介な担当官の任も変わる。
メイスン家から正式な苦情は出るかもしれないが、俺自身、職務上の評価が揺らぐことはない。実務はそつなくこなしていて、代替えはいない、庁内ではすでに人間的に疎まれている。閑職に追いやられるのならむしろ好都合。名声にも地位にも興味はない。糊口をしのげれば十分だ。
よし、それでいこう。
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ただ一つ懸念があった。
アスティの別れ際の一言だった。
「ひとつだけ注意して。聖女リシェリア、とても綺麗な子なの。
……一目惚れしないようにね」
声音は冗談めいていたが、妙に真顔でもあった。からかいか、本気の警告か。
いずれにせよ、耳に残ったのはくだらなさばかりだ。
一目惚れ?
仮に美しいとして、何だというのか。美貌など、王都を少し歩けば掃いて捨てるほど目にする。珍しくもない。
そして、そういう女ほど虚飾に満ち、退屈だ。
――本当に、馬鹿馬鹿しい。




