真っ赤な独占欲
せっかく。リシェが色づきそうだったのに。
あの次の日にはリシェの御披露目が決まって、あまりの忙しさにまともに顔を合わせられなくなった。
俺に染められそうだったのに、全部台無しだ。
――あの日、リシェが、どう見てもそわそわして落ち着きがなくて、俺に何か隠し事をしていた。
隠そうとして隠しきれなった何かは、リシェから感じた、今までになかった匂いで分かった。
本能を呼び覚ます雌の匂い。
リシェの中に、今までなかったものが芽吹いていた。
すぐにわかった。扉をこじ開けたのは、間違いなくカイルだ。
カイルがリシェの琴線に近寄ったんだと。
あいつは俺の挑発に、しっぽを巻かずに噛み付いてきやがった。
どうせ何もできないだろうと侮っていたのに。
しかも、出し抜かれた。その事実が許せなかった。
理性をざわつかせ、苛立ちを沸かせるには十分すぎた。
だから、わざと徴をつけた。
屁理屈をこねて、理由をつけて、所有の証を首に残した。
それをあいつが見て、思い知ればいいし、リシェの記憶の上書きするのも早い方がよかったから。
けど、悪いことばかりじゃなかった。俺の悪戯にも、ちゃんとリシェが揺れたからだ。
あの時のリシェの反応。無意識でも、俺をちゃんと、“男”として判断していた。
領域を超えたことへの怒りも、はじらいも、官能も。そこにあって、とてつもなく甘くて、気が変になりそうだった。
思い出しただけで、頭に血が上る。
視界の外をまた蜜蜂が掠めていった。
近くに巣を作ったのかもしれない。
羽音の位置なんて見なくても手に取るようにわかった。
振り返らず、素早くつまんで捕獲した。
リシェの願い通り、巣を見つけてこの庭をこいつらが出入りするようにして機嫌をよくしたい。蜂蜜が手にはいればなおよし。
こいつに紐でつけて放って、追いかけて、巣を探そう。
そう算段をつけている手の中で、軽い抵抗を覚えて様子を見る。
蜜蜂は、俺に羽を摘まれてどうしようもないのに、それでも蜜蜂はもがくように腹を動かし、必死に針を刺そうと威嚇している。
小さくて可愛い抵抗ではあったが、……ふいに不愉快になった。カイルを思い出したから。
小さくても、甘く見てはいけない。そんな一刺しでも死ぬこともある。
現に今、やり返されたところだ。
カイルの顔を思い浮かべた瞬間、蜜蜂の針を引き抜き、羽をちぎり、苛立ち任せに口の中にまた放り込んでいた。
ほろ苦い味が舌に広がった。
「あ、しまった......また別のを見つけないと」
噛み潰してる最中に、我に返って気が付いた。生かさなければならなかったのに。
あまりにも馬鹿みたいに。嫉妬だ。
――こんな体たらくは、決してリシェには見せられない。
頭も冷やすため時間が俺にも必要なのかもしれない。
それでも、会えない時間が長くなると単純に、さみしい。
俺が庭に来られない時間にリシェがふらりと寄っているらしい。
俺がしていない作業の跡や、草木に残るわずかな変化、土に残る小さな足跡。それを見つけるたびに、まるで残り香のようにリシェを感じて……逆にここにいないことが強調されて胸を抉る。
伝令や侍女を通して、やるべきことは届く。
もしサフィアが間に入る日なら、リシェの様子や、ほんのちょっとした伝言も一緒に伝えてくれる。
それだけで少しは落ち着く。
兵士の訓練所にいた頃は完全に会えなかったが全然平気だった。
むしろ諦めがついて楽だったのかもしれない。
今は違う。目の前に姿はあるのに、触れられない。ただの生殺しだ。
庭から見上げると、たまに窓枠に立つリシェが見つかる。
俺を見て、控えめに手を振る。
唇が、俺の名前を呼んでいるのが見える。
その瞬間、頭の中でリシェの声が鮮やかに再生して、恋しさがどうしようもなく増していく。
俺も、口の形だけでリシェに返す。
「リシェ。早く、こっちに戻ってきな」
リシェからじゃ俺の唇は読めないだろうけど……それでも名前を呼ばないと苦しくて仕方ないから。




