灰色の寂寥
あの、少しだけ踏み込んだ日課の後。
次なる攻勢に畳みかける暇もなく、すぐに次代聖女の御披露目式が大々的に行われるという告知が俺のもとに届いた。
崩落の危機に、エリシアナの代わりに癒したあの儀式の結果があまりに良かったからだという。
あの後、大樹は数年ぶりに花の蕾をつけた。次の春を寿ぐように、千年祭を祝うように。
知覚を研ぎ澄ませば、枝先に小さな灯火のような光が瞬き、俺の目にも確かに見えた。
大貴族も、祭祀庁も、宮廷もその事実を認めざるを得なかった。
来る千年祭の神女として、正式な交代式の前に、異例の形で世に知らしめることが決まった。
もちろん正式な交代式――聖女の叙任と役目交代は、年末の降誕節の、晦日に行われる。
その日は、大礼拝堂から王城へと続く華やかな道行きの中で執り行われる。王侯貴族も市民も集い、衆目の前で盛大に迎えられる。
だが、その前にでも民衆の注目を、弱りつつある大樹より、現れた新たな聖女への期待のほうに引き寄せたい――それが祭祀庁の計算でもあった。
だから、あの日課の後に二人きりで密やかに話す機会は、自然と失われていった。
……寂しい。
言葉にすれば幼稚な響きだが、それ以外に置き換えようのない欠落感だった。
彼女の存在は、ただ傍らにあるだけで心の芯を落ち着かせる。けれどその彼女が、日を追うごとに儀礼や式典の準備に引きずられ、俺の届かぬ場所へと連れ去られていくようで。
教練中でも、仕立て屋が採寸に現れ、予定の合間には確認や使いが飛び込んでくる。
俺が見守るべき日課の場を作ることすら難しい。他人の目や口が次々に入り込む。
何度、執務机の下で、耐えきれずに彼女の手を探そうとしたかわからない。
指先ひとつ触れれば安堵できるのに、触れれば崩れてしまうものがあると知っている。
御披露目式は祭祀庁としても、異例の行事だ。俺ですら十分に経験のない中で、徒らに彼女の心を乱し、無用な動揺を与えたいわけではなかった。
だから、必死に「今じゃない」と自分に言い聞かせて――ただ我慢を重ねた。
その代わりに、目が勝手に彼女の姿を探すことが増えた。
背の高い貴族や、祭祀官たちの衣の影に埋もれていても、不思議と彼女の白い姿はすぐに目に入った。
たまに、人と人の群れの隙間から視線が交わる時がある。
その一瞬に、胸の奥がひどく熱くなる。
言葉にはならないが、彼女の唇がふと動くのを目にすると、無意識に読み取ろうとしてしまう。
――それが「カイル」という自分の名を呼ぶ形であってほしい、と願って。
瞳がほのかに笑むように歪んだだけでも、胸は焼けつくように焦がされた。
……御披露目式に、俺の出番はない。
王の御前に彼女をエスコートして紹介するのは、祭祀長でもあるイェルス公爵家当主のグラントだ。
もちろん、当然の序列だ。俺がそこに立つ理由などない。
表に出たいわけでは決してない。
それでも、今まで彼女の傍らで支えてきた、その場を奪われたような寂寥感だけが残った。
――これが、セランの気持ちだろうか。
自分の居場所はずだったところを、他の誰かに譲らなければならない、どうしようもない苦しい感覚。
胸の奥でざらつくそれに、ほんの少し共感はできる気がした。




