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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
4章 開戦
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赤の一勝

邪魔な侵入者は無力化された。こちらに食らいついてくる気配もない。守られた俺の縄張りで安心して寝床に戻ることができる。

本当は一分一秒だって、無駄にしたくないんだから。


「ほら、んで?続きはどうするんだっけ」

俺が次の手順をうながすと、リシェが顔を上げて笑った。


「次は、いらない蕾を摘むの、剪定っていって」

 

そう言って、ひとつ小さな蕾を指先でつまみ、軽くねじるように摘んで見せる。

 

「咲く花を選ぶの」


小さな蕾がかごに落ちていく。咲くことを許されなかった花芽たち。

俺は、今日リシェに選ばれなかった男の姿を――カイルの姿を、その中に重ねた。

頭の中で、カイルもつまんでかごに投げ捨てる。


「いらないのに、そんな集めてどうすんだよ。捨てないのか」

かごを見やりながら問いかける。

捨てちゃえばいいだろ、そう思った。


「え?もったいない。お風呂に入れたり、布を染めたり。お茶にしてもいいの。いつもセランにも出してるでしょ」


不満げにリシェが唇を尖らせる。


ああ、たまにもらう茶葉の袋を思い出す。確かに花びらが含まれてることもあった。他のことに使えるってことか。


なるほど。あいつもそういうものだな。

リシェが美しく咲くための踏み台。リシェの牙や爪が本物になるためのおもちゃの獲物。


俺はカイルをそう理解することにした。


「好きでしょ、これ」


リシェが笑顔で俺に手の中の蕾を差し出した。

その手を引き寄せ、頬にすり寄せる。

猫みたいに目を閉じ、花の匂いを胸いっぱいに吸い込む。


確かにこの匂いも嫌いじゃない。


吸い込む香りの中の遠くに、雑味を感じる。神経を研ぎ澄ませば、まだ遠くにカイルの気配が残っていた。

リシェの指の間から、眼球だけを横に動かして見やる。


やっぱり、こっちを見てる。


――俺が今日は選ばれたんだ。お前の見ている前で。かわいそうにな、残念だったな。


胸の奥に勝ち誇るような熱が湧き上がった。口の端が笑いの形に歪んでしまう。


「そうだな。好きだよ」


俺は花の香りの事を、答えるように言った。

けれど、その言葉にはリシェへの気持ちを重ねた。


「そう言えばさっきのさ。『(お前)セラン()』ってなんだよ。とろいなあ、リシェは」

 

さっきの紹介のときの言葉足らずを、わざとからかってみせる。

可愛くて、嬉しくて、くすぐったくて、もう一度聞きたい。


「もう。セランだって乗っかったでしょ」

 

恥ずかしそうにリシェが責め返してくる。


リシェの中ではまだ……決まってはいない。

俺とリシェ、二人をどう形容するか。

でもその言葉の中にあるのは、俺とリシェだけの世界。


「まー。それも間違ってないし、いいけどな」


――大体は合ってる。

俺はリシェのものだから。


リシェの兄、リシェの犬、リシェの剣、リシェの盾。

それでそのうち。俺はリシェの男でリシェの番いになる。そう決めている。


「え?」


「いや、違うか。群れの頭は譲れねえなあ。これは俺の群れ、だからリシェも、俺のリシェ」

おどけながら、リシェに指を突きつけてやる。父の庇護下を出たあの日から、俺が家長として過ごしてきた。だから、やっぱりこっちの方がしっくりくる。


「なぁに、それ。じゃあ私も吠えてワン!って答えればいいのかな」

リシェが頬をふくらませて、犬真似をする。そしていつしかそのまま、笑いあう。


――そうだ、間違ってる。

リシェは俺のものだ。


俺の妹、俺の家族、俺の女で、俺の番い。

そして――俺の女王で、運命なんだから。

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