赤の一勝
邪魔な侵入者は無力化された。こちらに食らいついてくる気配もない。守られた俺の縄張りで安心して寝床に戻ることができる。
本当は一分一秒だって、無駄にしたくないんだから。
「ほら、んで?続きはどうするんだっけ」
俺が次の手順をうながすと、リシェが顔を上げて笑った。
「次は、いらない蕾を摘むの、剪定っていって」
そう言って、ひとつ小さな蕾を指先でつまみ、軽くねじるように摘んで見せる。
「咲く花を選ぶの」
小さな蕾がかごに落ちていく。咲くことを許されなかった花芽たち。
俺は、今日リシェに選ばれなかった男の姿を――カイルの姿を、その中に重ねた。
頭の中で、カイルもつまんでかごに投げ捨てる。
「いらないのに、そんな集めてどうすんだよ。捨てないのか」
かごを見やりながら問いかける。
捨てちゃえばいいだろ、そう思った。
「え?もったいない。お風呂に入れたり、布を染めたり。お茶にしてもいいの。いつもセランにも出してるでしょ」
不満げにリシェが唇を尖らせる。
ああ、たまにもらう茶葉の袋を思い出す。確かに花びらが含まれてることもあった。他のことに使えるってことか。
なるほど。あいつもそういうものだな。
リシェが美しく咲くための踏み台。リシェの牙や爪が本物になるためのおもちゃの獲物。
俺はカイルをそう理解することにした。
「好きでしょ、これ」
リシェが笑顔で俺に手の中の蕾を差し出した。
その手を引き寄せ、頬にすり寄せる。
猫みたいに目を閉じ、花の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
確かにこの匂いも嫌いじゃない。
吸い込む香りの中の遠くに、雑味を感じる。神経を研ぎ澄ませば、まだ遠くにカイルの気配が残っていた。
リシェの指の間から、眼球だけを横に動かして見やる。
やっぱり、こっちを見てる。
――俺が今日は選ばれたんだ。お前の見ている前で。かわいそうにな、残念だったな。
胸の奥に勝ち誇るような熱が湧き上がった。口の端が笑いの形に歪んでしまう。
「そうだな。好きだよ」
俺は花の香りの事を、答えるように言った。
けれど、その言葉にはリシェへの気持ちを重ねた。
「そう言えばさっきのさ。『私のセラン』ってなんだよ。とろいなあ、リシェは」
さっきの紹介のときの言葉足らずを、わざとからかってみせる。
可愛くて、嬉しくて、くすぐったくて、もう一度聞きたい。
「もう。セランだって乗っかったでしょ」
恥ずかしそうにリシェが責め返してくる。
リシェの中ではまだ……決まってはいない。
俺とリシェ、二人をどう形容するか。
でもその言葉の中にあるのは、俺とリシェだけの世界。
「まー。それも間違ってないし、いいけどな」
――大体は合ってる。
俺はリシェのものだから。
リシェの兄、リシェの犬、リシェの剣、リシェの盾。
それでそのうち。俺はリシェの男でリシェの番いになる。そう決めている。
「え?」
「いや、違うか。群れの頭は譲れねえなあ。これは俺の群れ、だからリシェも、俺のリシェ」
おどけながら、リシェに指を突きつけてやる。父の庇護下を出たあの日から、俺が家長として過ごしてきた。だから、やっぱりこっちの方がしっくりくる。
「なぁに、それ。じゃあ私も吠えてワン!って答えればいいのかな」
リシェが頬をふくらませて、犬真似をする。そしていつしかそのまま、笑いあう。
――そうだ、間違ってる。
リシェは俺のものだ。
俺の妹、俺の家族、俺の女で、俺の番い。
そして――俺の女王で、運命なんだから。




