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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
3章 交錯
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カイルの信仰

リシェリアの中に見た光景を、何度も何度も俺は考えていた。


今までのリシェリアは力はあるが、俺にとってただの一人の少女だった。

生まれ持った力に悩み、答えのないものに自分なりの答えを探すために学びに来た——その姿は、かつての自分と同じ道を歩く者のように見えた。

孤独に、迷いを抱えて、必死に歩こうとしている背中。

俺はそこに親近感を覚え、気づけば彼女を“聖女”としてではなく、“同じ道を歩むもの”として好ましく思っていた。

……いつしか、それは恋に変わった。


だが、彼女の行いはいつも俺の想定を超えていった。

導いてあげたい。教えてあげたいと思っていたのに、長年培ってきた知識や経験は、静かに、しかし確実に覆されていく。

彼女の歩みは、論理や理屈の外側にありながら、確かに『正しい』としか言えない輝きを放っていた。


あれほど神や奇跡という存在を疑い、否定してきた自分が、言葉を失う瞬間が幾度も訪れた。

そして——あの石室での出来事だ。

根の天蓋の下で、媒介となった彼女から奔流のように溢れた大いなる力を見た。


その瞬間、理解させられた。


アスティには、軽くいなすように話したが……本当は違う。

彼女は疑うべくもない。

あれは「本物」だった。

信じるかどうかなどという浅い問いを超えて、事実としてそこに在る力だった。


——だが、俺にはその事実を素直に受け入れられない理由がある。


俺が神を信じないのは、神に仕えても、祈っても、何も救われなかったからだ。

災厄は容赦なく訪れた。

家族は救われなかった。

雨はやまず、領地は水に呑まれ、孤立無縁の末、土砂に飲まれ……俺だけが残された。


なぜこんな目に遭わせるのか、(大樹)に問いかけても答えは返ってこなかった。

ただ沈黙だけがあった。

その沈黙は冷たく、あまりに空虚で、俺の信仰を根こそぎ奪った。


けれど、学びと理論には答えがあった。

一つの結果には必ず理由があり、積み上げれば形になる。

努力は裏切らず、検証を重ねれば道は開ける。

それだけが、揺らがないものだと信じられた。


だから研究を愛した。

それが唯一、自分の足場だと信じられたからだ。


——だが。


その確信すら、リシェリアによって覆されるのなら。

理屈では説明のつかない力が、確かに存在するのなら。


俺は、いったい何を頼りに生きればいいのだろう。


胸の奥底で、答えのない問いが、今も重く横たわり続けている。


あの後。

長い眠りからようやく目を覚ましたリシェリアに再び会えたとき、胸の奥に押し込めていた疑念が堰を切ったように口をついた。


「本当は……神はいるんじゃないか?」


自分でも驚くほど、声は震えていた。

あの大樹の根に満ちた光も、襲いかかる闇の群れも、そして彼女の中に宿る圧倒的な存在も。

神の造物としか呼びようのないほど、恐ろしくて、泣きたくなるほど美しかった。


目を逸らせなかった。

リシェリアの瞳を覗き込み、そこに答えを探した。


彼女は一拍置いて、穏やかに答えた。


「私は、答えは変わりません。見たこともないですし、神の声なんて聞こえないんです。そこにあるだけで……力に意思なんてない。

 私は、それが何なのかわからなかった頃は、ただ混乱していました。振り回されて。怖い目に遭って……。

 今ここで学んで、少しずつ関わり方がわかるようになった。それだけです」


その声音には、信仰の熱も、教義の響きもなかった。

ただ、ひとりの人間が自分の中の理不尽と向き合い、手探りで答えを見つけようとする姿だけがあった。


ああ。

リシェリアも同じなんだ。


自分に与えられた抗えない力に、呑まれぬように、耐え続けている。

ただ、それだけのことを必死にしている。


胸が締めつけられた。

彼女は遠くにいる聖女ではなく、やはり俺と同じ人間だと知ったから。


「わかった。リシェリア、ありがとう。……俺も。やっぱり君と同じ意見だ」


その一言に、どれほどの重みを込めただろう。

俺にとっては、過去と向き合い続けてきた答えのすべてだった。


「すまない。あまりにも君の力が凄かったから……少し当てられてしまった。これから、一緒にあれとの付き合い方を考えていこう」


口にした瞬間、言葉の選び方を迷った。

本当は「扱い方」と言うべきだったのかもしれない。

だがどうしても、あの時の知覚に焼きついた光景が離れない。

果ての世界に触れるように現れた彼女の姿。

リシェリアという形を借りた存在は、もはや“物”ではなく、“者”としか呼べないと感じてしまった。


「……はい。よろしくお願い、します」


彼女は小さく頷いて、安心したように、そしてどこか嬉しそうに笑った。

その表情に胸の奥が温かくなる。


「うん、それじゃ、今日からまたいつも通り。少し合間が空いたから、今日は基礎的なおさらいから始めよう」


自分でもわかるほど声の調子を整え、いつもの真剣さに戻る。

俺にできることは限られている。

だが、これまで積み上げてきた知識、検証、分析——それらを基にした考察なら、きっと彼女の力になるはずだ。


リシェリアも、億劫がることなく表情を引き締め、こちらを真っ直ぐに見つめてきた。

その瞳に映る決意に、こちらも背筋が伸びる。


こうして、日常が戻った。

カイルが若い当主なのは災害による事故で家族を失ったからになります。

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