担当官との初対面
カイルとの初対面時のリシェリア視点です
今でも思い出す。
登城してからの数日は、本当に目まぐるしかった。
身の回りの片づけ。新しい拠点になる部屋の配置。庭への出入り口や、日当たりや、通路の位置。
この場所で生きていくために、体に覚え込ませることが山ほどあった。
気づけば、“聖女見習い”としてお仕着せを着て城内を歩くことにも、少しずつ慣れていた。
衣擦れの音、足音が響く廊下、視線を受ける感覚。
それらを当たり前として受け止められるようになった頃。
ようやく、初めて。カイルとの面通しの日が来た。
少しだけ早く着いてしまって。
私はつい、待ち合わせの場所から離れてしまっていた。
小鳥が、怪我でもしたみたいな胸を締めつけるような悲痛な鳴声が聞こえて。
気づけば私は、待ち合わせ場所を抜けて、庭のほうへ足を向けていた。
――その時だった。
足早に近づいてくる、人の気配。
振り向くよりも先に、空気が張りつめた。
鋼のような色の髪を揺らした、黒い官服の細身の男の人。
背筋はまっすぐで、歩き方には迷いがなくて。
眉の向きだけで、はっきりわかった。
……怒っている。
その瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。
アスティの家でも、城に来てからも。
周りの人たちは皆、物腰が丁寧で、親切だった。
それが当たり前になりかけていた。
――忘れていた。
そうだった。
私は、基本的に、あまり人によく思われない存在だった。
この頃の私は、城内を歩く時にはヴェールをしていた。
まだ見習いだから。
お披露目の儀が終わるまでは、あまり無防備に顔を晒してはいけない。
アスティにそう言われていたから。
薄々、この髪の色で疎外されないように、気を配ってくれてるんだろうなとまで思っていた。
だから、決められた通りに挨拶をして、礼をした。
どんな相手だろうと、失礼のないように。
――なのに。
その男の人――カイルという人は、風で揺れた拍子に、なんてことない仕草で、すっと私のヴェールをめくった。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
空気が、直接、肌に触れる。
視線が、逃げ場なく、私の顔に突き刺さる。
面食らった。言葉も出なかった。
そして、はっきりと思い出した。
――ああ、そうだった。
私って、あまり、人に好かれないんだった。
ヴェールを捲られるなんて、まったく予習外の出来事で。
どう振る舞えばいいのか、私は一瞬で真っ白になった。
取るなと言われていた。なのに、取られてしまった。
だめだ、どうしよう。いけないのに見られちゃった。
そんなことだけが頭の中を巡っていたはず。
だけど、それ以上に、強く焼きついている記憶がある。
感情を削ぎ落とされたなかに仄かに嫌悪が浮かんだアーレンス様の表情。
冷たくて、硬くて、突き放すようなのに。
それでも――綺麗だった。
菫色の瞳が綺麗なお人形のようで、私は一瞬、見入ってしまったのだ。
だから、取り繕うこともしなかった。
謝ったり機嫌を取ることもできなかった。
何事もなかったみたいに、淡々と顔合わせを終えた。
ともかく。
アーレンス様との初対面は、そんなふうに、あまり良いものではなかった。
なぜ彼が、あんなことをしたのか。
それは今でも、わからない。
少しだけ色々あって、そんな人と、今ではたわいない雑談やお茶なんかもしたりする。
あの時の事も謝ってくれて。カイルと名前で呼び合うことだってしている。
単純に見慣れて、私が怖くなくなってくれたのかもしれない。
こんなこと、前の私に教えても信じないだろうな。




