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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
間章 白
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幼馴染との再接続

庭でセランと会えるようになったころの話です

それでも、その後はあまりにも慌ただしくて。

あの時に胸いっぱいに広がっていた不安は、いつのまにか奥に追いやられていた。


登城して。

兵士の訓練所を卒業したセランと再会して、それだけで、私はようやく息をつけた気がした。


こんなにも長く彼と離れていた時期は、物心ついてから初めてで。

顔を見るまで、胸が落ち着かなくて、ずっとどきどきしていた。

少しだけ凛々しくなって、体つきも逞しくなったけれど。

変わらないあの笑顔を向けられた瞬間、張りつめていた気持ちがふっとほどけた。

――ああ、セランだ。

それだけで、ここがどんな場所でもまた頑張れる気がした。


「それでね……その教育係、先生役の人なんだけど。すごく顔が綺麗なんだけど……ずーっと、むっとしてるの。こんな感じにね」


私は、聖女に与えられるお庭の整地をしながら、先日初めて会ったアーレンス様の事を愚痴っていた。

セランに向かって思いきり眉を寄せて、口元をきゅっと引き結んでみせた。

土を均すために少し屈んだ姿勢のまま、首だけを上げての顔真似だったから、きっと余計におかしかったと思う。


「くっ……だはは。ぜってえ、そんな顔じゃないだろ」


セランは堪えきれなかったみたいに、声を押し殺して笑った。

でも隠しきれなくて、肩が揺れている。

楽しそうで、なんだかとても機嫌が良さそうで。


そのまま、いつもの癖で、私のほうへ手を伸ばす。

頬をつまもうとして、指先が空を切り――途中で、はっとしたように引っ込められた。


「あ、わり」


……すん、と。


お互いに、同時に真顔になる。

さっきまであった、柔らかくて温い空気が、霧が晴れるみたいに消えていった。


「ううん」


私は、苦笑いでなんとか微笑んだ。

大丈夫だよ、という意味を込めて。でも胸の奥は、少しだけちくっとする。


ここは、お城の中。

どこから誰に見られているかわからない場所。

少なくとも、あと二年。

人前で、セランと無邪気にふざけてじゃれ合うことは許されない。


ここは、アスティが約束してくれた、セランとの交流の場所。

だけど、私たちはもう子供じゃなくて、ここは公共の場所だから。

誰の目にも「不適切」に映らないように。誰にも文句を言わせない振舞いをするように沢山言い含められてる。


制限が多いのは、正直、寂しい。

触れられない距離。声を潜めなければならない時間。

視線や仕草を、いちいち意識しなければならない窮屈さ。


それでも――

まったく会えないわけじゃない、という事実が、救いだった。


もし、これすらなかったら。

平民のままのセランと、お役目の都合で、王様とも言葉を交わすような立場になった私とでは。


お話しすることすら、できなくなってしまう。

同じ場所に立つことも、許されなくなってしまう。


だから頑張っている。


この制限は、きちんと守る。守らなきゃいけない。

そうやってでも繋がれるなら。

そうやってでも、同じ空気を吸えるなら。


「祭祀庁の皆さんは、すごく優しいし、よくしてくれてるよ。

大祭司のおじい様はね、トルニカのお医者のおじいちゃんみたいで、優しいの」


特に大祭司さまは、聖女の最終選定の時にも立ち会っていたらしく

あの時、私が意識せず、彼の持病の膝を癒していたみたいで会うたびに、とてもにこにこしてくれる。


「……そのね……さっきの。アーレンス様は、厳しいけど。でも……全然、悪い人じゃないから。心配しないで」


さっき、少し愚痴みたいなことを言ってしまったから、慌てて付け加える。

言っておかないと、セランに心労をかけてしまう。


彼はずっと、私を守るために、たくさん怪我をして、辛い思いをしてきた。

だからいつも、周りの人のことを気にしてしまう。


「まあ、そうだろ。向こうが頼んできて、リシェが力を貸してるんだから。もし酷い目に合わせてくるなら、助けないだけだ。当然だ」


カイル・ラス・アーレンス。


私は、初対面の時点で、もう理解している。

アーレンス様は、私のことを好いていない。


けれど。

仕事で差別されたり、こき使われたりすることはない。

ただ、きっちりと距離を引いているだけ。


……だから、軽率に名前を呼ぶのは、やめておいた。


アーレンス様以外にも、私を敬遠している人がいるのは感じている。

例えば、総長や宰相さまのような、上の立場の人たち。

それから、アスティのお家と折り合いが悪い家の人たち。


そういうのは、仕方ない。


それでも――


「当然じゃないよ、セラン。幸運なんだよ。だから甘えてないで、私も頑張りたい。少なくとも、アスティには恩を返したいからね」


この城の中で、私を“切り売りできる品物”みたいに扱う人は、誰もいない。

それが、本当に久しぶりで、心から安心できていた。


きっとセランも、最近はよく眠れている。

血色も良くて、それが嬉しい。


「まあ、そうだな……頑張れ」

セランは笑って、肯定してくれる。


「でも、その教育係ってのに、いじめられたらちゃんと言えよ。仕返ししてやっから」


そう言って、拳に息を吐きかけて、威圧するふり。


「ねえ、だめ。乱暴なことしないで」

慌てて止める。


「愚痴、聞いてくれるだけで大丈夫だから」


そう。

私だって、学ばなきゃいけない。

困ったことを、暴力でも異能でもなく、ただ『人として』解決する方法を。


私は、この場所で。アスティから与えられた、わずかな時間の中で。


私と。私に囚われてしまったセランの未来を。


――ちゃんと、見つけてみせる。

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