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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
間章 白
35/73

異端の始まり

わたしが気が付いたその力は、この世界で『異能』と呼ばれるものだった。


異能で使う源、『霊質』は、いろんな命の中に巡っているもの。

血や息のように、絶え間なく流れ続けている奔流のようなもの。

この世界にはこの『霊質』を使うことができる人たちがいる。

わたしもそのひとり。珍しくはあるけれど、少なくない人が使える。


わたしは、当時『霊質』という言葉すら知らなかったし、異能も最初は思い通りに使うことができなかった。

この力の源が、わたしから勝手に溢れて、他のものに染みこんでいくだけだった。

村には教えてくれる人がいなかったから、なんとなく覚えるしかできなかった。

わたしの中の温かいものを分け与えるようなイメージで、怪我を治したり、そういうことがなければ、植物が前よりも元気になったり、成長がよくなるのを観察して、そういうものだと曖昧に理解してきた。


異能を使って、何かを強くしたり、綺麗にしたり、流したり、固くしたり、そして癒したり。

人によってどんなことができるか、上手いかは違いがあるみたい。わたしの中で何が得意かはよくわからないままでいるけれど、おそらく他の人と違うところはなんとなくわかっている。『霊質』の総量だと思う。


わたしの《《力》》はずっと湧き出す水みたいだった。普通にしていると余って、どこからか溢れてしまう。

使わなければ器は詰まったように体調が悪くなるし、溢れた《《力》》は周囲を水浸しにするように変なものを呼び込んだ。

そうなると、それが必要だと思っている生き物が無意識に、勝手にわたしへ集まってきてしまう。

砂漠の水場に群がるように。それらはもっと《《力》》をもらおうと、お互いに喧嘩をし始める。

それが怖くて……わたしが我を忘れてしまうと、無我夢中に《《力》》で押し流してしまうことがあった。


だから、わたしは必死で器を超えないように、《《力》》を減らす努力をした。

器そのものを固める想像をした。ひび割れないように、溢れ出さないようにと。

悪いことが起きてしまわないように。


でも、大きな自然災害に巻き込まれ、わたしは結局トルニカにいることができなくなってしまった。

そのあとは、生きていくだけで精一杯で、それなのに異能はどんどん膨らんで、嫌なことを引き寄せている気がした。


とにかく、わたしたちは、まだ子どものまま、居場所を求めて放浪した。

行く先々で、見た目でいじめられるのはいつものこと。

騙されて売られそうになった。

助けてと言われたから助けて、魔女と言われたこともあった。

怪我を治してあげても、病気まで元気になって助けられなかったこともあった。

わたしの体を細かくして配ろうって言われた。

綺麗な服と家とご飯もくれるから、セランと別れて偉い人のお人形になれと言われた。


全部、嫌だった。


だからわたしは、自分自身を「氷」にした。

怖いけれど、自分を氷に閉じ込めて、耐える。

わたしと外の境界を凍らせ、その向こう側から落ち着いて対処できるように。

氷でいると、すべてが遠く感じられた。我を忘れることがなくなる。

感情も痛みも、うすい膜の外へ押しやられるようで、少し楽になった。

セランが助けに来てくれるか、何とか逃げ出して合流するまで耐え切った。


セランは、わたしが氷になることを「わたしが頑張っている証」として褒めてくれた。

他人はそれを「神がかり」と呼んだ。

けれど――神さまなんて、いないと思っている。


祈っても、助けてくれなかった。

いつも、わたしの中にあるのは、暴れる力と……それを必死に抑えようとする、わたしだけ。


それで、力が暴走することは抑えられるようになっても、生活の安定は難しかった。相変わらず世界はわたしたちに優しくなくて、力に頼らなければただの浮浪者だった。


わたしは力を抑えることに疲れていたし、セランがわたしを守ろうとして怪我をすることにも疲れていた。セランは、わたしがかなりの重傷まで癒せることを知っているからか、かなりの無茶をする。自分の命を危険に晒す。……わたしの力を減らすために、わざと怪我をすることすらする。

そんな生活を、もうやめたかった。


そんな折に出会ったアスティが教えてくれた、「祭祀」はこの世界での力の使い道のひとつだった。

アスティは、ある国の真ん中にある祭祀庁という組織を手伝ってほしいと言った。


人のへこみや歪みを、ありのままの形に戻すことを「癒し」と呼ぶのなら、祭祀とはその規模を世界に広げたもので、わたしの内に湧き出る水を、人に注ぐのではなく、世界そのものに注ぐことだった。


世界には、目に見えない水脈が張り巡らされている。

力の流れは川のように大地を巡り、草を育て、花を咲かせ、人を生かしている。

けれど、その水脈は時に濁り、滞り、歪んでしまう。

そこに触れて整え、流れを元へと戻す。それがアスティのいう「祭祀」だった。


だから、決めた。

ちょっとだけ祭祀官をやってみようと。

自分自身すら救えないこの力で、聖女というものになって国を救えなんて言われるとは思ってもいなかったけれど。


――ただの自分が生きられる道を探す、その延長線上に過ぎなかったけれど。


大樹がもしわたしを選ぶなら、やってもいい。


だから、わたしは聖女になることにした。

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