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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
間章 白
34/71

始まりの記憶

――わたしは仲間外れだった。


わたしの名前はリシェリア。

生まれは不明で、生みの親の顔も知らない。

名前も、声も。手掛かりになりそうなおぼろげな記憶さえ、何も持っていない。


最初の記憶は、湿った森の匂いと、落ち葉を踏む音。

誰かもわからない、白い頭のおじいさんに担がれていた。

その人は険しい山道を歩いていて、彼が一歩踏みしめるたびに、わたしの体はゆらゆら揺れた。

視界の端に、遠くの紅葉が綺麗な山をぼんやり見ていたのを覚えている。


おじいさんが落ち葉にでも足を取られたのか、ガクンと地面に倒れ込んだその瞬間。

わたしの視界は急にぐるりとまわって、暗い緑の森の中に飛び込むように宙へ舞った。


……今思えば、この人は誰だったんだろう。


深いしわの手だけは覚えている。

両親という年齢ではないし、祖父か親戚だったのか。

食いぶちに困って子捨てに山へ来ていたのかもしれない。


……それとも誘拐? 逃亡?


最後に見たおじいさんは、逆光の中で手を伸ばしている輪郭だけが目に焼き付いている。

あの時、助けようとしてくれていたのか。重くて投げ捨てていたのかな。


今となってはもう、わかりようもない。


次に目を開けたとき、わたしは毛皮に包まれていた。

獣の匂いと、温かく湿った呼吸。舌が顔をなめまわして、冷えた体を温めてくれていた。


それはウルガとレノという白と黒の子犬で、わたしの最初の家族になった。


わたしは山から滑り落ちて、ふもとの集落にある家の犬小屋に転がり込んでいたらしい。

子どもの柔らかく軽い体のおかげか、奇跡的にかすり傷程度しかなかったようだ。


犬たちの飼い主である、ダレンとエナという猟師夫妻が、わたしを引き取ってくれることになった。

彼らの子どもたち、セランとソーマはわたしとほとんど同じくらいの歳で、兄弟のように育った。


トルニカというその小さな村は、狩りを生業にする人たちの集落で、みんな秋の山みたいな赤毛が特徴だった。

わたしは、ほとんど白っぽい銀色の髪の毛。


見た目から、明らかにこの辺りの生まれじゃないことだけはわかったけれど、かといって調べる術もなく。

結局、縁者を見つけることもできなかったと聞いた。

きっと森に隠れ住む隠者や山賊の集落から来たのだとか、難民の子だろうということになったらしい。


じゃあ、リシェリアという名前はどこから来たのか。


それは、わたしが唯一身につけていた古びた首飾りに、なんとなくそう読めるものが書いてあったかららしい。

くすんだ青い屑石がついた黒ずんだ鎖は、潮風で傷んでいて、ぼろぼろとちぎれてしまっていて、数年でそんな手掛かりすら読み取れなくなってしまった。

売ろうとしてもお金になる価値もなくて、……それもいつしか無くしてしまった。


そんな生まれだったけれど、養父母は本当にやさしくて、差別することなく、温かく受け入れてくれたのだとわかる。

当時、最初の記憶の意味ははっきり覚えていなかった。物心ついた頃にはふつうに、ダレンとエナを実の両親だと思っていたし、セランとソーマ、犬のウルガとレノをまとめて自分のきょうだいだと思っていたから。


見た目の色があまりにも違いすぎるって、村の子にからかわれて泣いて帰ったある日に、生まれの事情を教えられた。

そして、あの記憶が拾われた時と符合することで、わたしの中でも本当に自分が『よその子』だったのだと腑に落ちた。


泣いて喚いて、ダレンは困り果てながらわたしを撫で、エナはわたしを抱いて慰めてくれた。

セランとソーマは、からかった子に怒りながら、将来わたしと結婚するから大丈夫だと言ってくれていた。

白い毛並みのウルガだけは、『僕は実のきょうだいだけど?』って顔で頭をぶつけて教えてくれて、なんとか、なんとか……寂しさを我慢することができた。


それからは春夏秋と、セランたちと一緒くたになって野山を走っては木に登り、川で泳ぎ、山菜や果実を摘んだ。山遊びというものをやりつくした。

小さな狩りを教えてもらっては、兄弟の中でだれが一番いい猟師になれるかなんて張り合ったりもした。


冬になれば、囲炉裏の火がぱちぱちとはぜ、犬たちが鼻を鳴らして眠る音を聞きながら、いっしょくたに丸くなって安心して目を閉じた。


この日々がわたしにとって一番幸せで、大切な時代だった。


だけど、わたしは大きくなるにつれ、不思議な力が使えることに気がついた。

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