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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
2章 赤
33/69

破滅の顛末

残酷描写があります。ご留意ください。


もう、これは俺の手を離れてからの話だから、伝え聞いたことになる。

軍法会議――それは俺が思っていた以上に大ごとになった。


兵舎の捜索によって、明らかにされたのは、あまりに雑な逃亡計画や、何に使うのか想像もしたくないような怪しげな物品。どこからか盗んだのか聖女の私物のいくつか。店舗や建造物を破損した。懇意にしていた女を捨てた。金を踏み倒したといった民からの訴えもあった。


上層部は特に怒りを募らせていた。

一度既に懲罰済みだった兵からこのような不祥事が出たことは、彼らにとって面子を潰されるも同然だったからだ。在らん限りの苦役をさせてからの処刑を、と声を荒らげる幹部もいたと聞く。


襲撃対象がアスティでなく、リシェリアだったことも何の減刑にもならなかった。そもそも国を挙げての任務を背負う聖女は、国賓に等しい扱いを受けている。

その聖女に剣を向け、さらには拉致を企てたとなれば、罪は国家反逆と同じ。極刑に値すると誰もが言った。


けれど――聴取の場で、リシェは温情を訴えたという。彼女らしいと言えば、それまでだ。

 

だが、そんなもので通常は覆るわけもない。それなのに、何故かその一言で死刑は免れた。


結局、判決は除隊と国外追放。舞い戻った事がわかればその場で処刑される、生きながら祖国に見捨てられる刑だった。


その後のダリオの行方は、誰も知らない。

これでこの事件はめでたく終幕を迎えた。


……いや、本当は知っている。

 

放逐された後、俺は奴を叩きのめして森の奥に捨てたから。


世話になった時期がまったくなかったわけじゃない。

だから別れくらいは告げてやろうと思ったし、二度と戻って来ないように念押しも必要だった。


国境の門を出されてしばらく離れた街道を、あてどなく歩き進む影の中に目当ての人物を見つけて、俺は凭れていた柵から立ち上がった。


「……セラン?」

ダリオは俺の顔を見た瞬間、もう楯突く気はなかったようで、凍り付いたように固まってくれた。


よかったよ、ちゃんと覚えていてくれて――恐怖の味を。


これで心置きなく、お別れができる。

内心でほっとしながら、ダリオに近寄る足を速める。

もう無駄な愛想も言葉も必要がなかった。


ダリオは顔色を変えて足をもつれさせて、一目散に森へ逃げようとする。

ここには俺を止める規律も罰則もない。そして誰も見ていない。武装も何もかも、取り上げられているあいつは逃げるしか術がない。


馬鹿だなあ。


森で生まれて森で育った。狩を習って犬と駆けた。ここは俺の庭なのに。


「やめ…やめてくれ!…もうしない!」


根に足を取られ、進路をふさがれ、退路をなくす。奥へ奥へと逃げていく。そうなるように俺が追い込んでいる。

そして悪い風の吹き溜まりのような空間にたどり着く。ひときわ黒い大きな木を背に、ダリオが吠えた。誰にも聞かれない叫びが木立に消えていく。


「だって俺が……選ばれたんだから。リーシェに…。でも諦めたんだよ!ちゃんとお前に譲るって…、ぁが」


最後まで言わせず、手製の短弓を撃った。

あまりにうるさいから、もう喋りたくなくなるように頬を打ち抜いて木に縫い留めた。


そして俺は、もう一度。足も手も、骨という骨を砕いた。

怒りをぶつけることも、暴力の興奮に嗤うこともない淡々とした作業。

僅かな血とあふれる涙の匂いが森に充満し、草葉や湿った土にまで染み込んでいく。


「リシェはお前なんて名前どころか、顔すら覚えていないよ。……お前を目の前で潰したことさえ、すぐ忘れる」


話しかけても聞こえているのか。


「俺は、名前くらいは覚えることにしてる。忘れないでいてやるよ。さよなら、ダリオ」


返ってくるのは哀願のような声にならない呻きだけ。

その後はただ、自然に任せるだけだ。


「じゃあ……早く見つけてもらえるといいな」


そう別れを告げて、その場から俺は背を向けた。


ここにはここまでの怪我を瞬時に治せるリシェはいない。

ダリオの運が良ければ、熊や狼や狐。肉食のやつらに見つかって早く還れる。

運が悪ければ…何日も苦痛の中で餓死するだろう。


最悪なのは――救助されることだ。

生き延びても、リシェほどの高位の癒しを得ることは出来ない。失われた体の機能を取り戻すことは不可能だ。

そして心が満たされることは二度とない。


自然の淘汰すらもあいつを見放すのなら――渇きながら苦しみ抜く人生を送るはずだ。


************


再び、俺たちの庭にも平穏が訪れた。

静かな昼下がり。鳥の声が木立の上でさざめき、柔らかい風が枝葉を揺らす。

伸びた木立が幾重にも影を落とし、外からの視線を遮ってくれるようになってきた。

死角の中でだけは、アスティの邸宅の中のように、リシェに触れることができる。


「俺がいなくても、昼に来れるようになって良かったな」

そう言いながら、リシェの頬を指先でそっと触れる。


「うん、天気がいいと水やりとか心配だったから。よかった」

リシェリアがふわりと微笑む。その笑顔は、まるで日向のように心に沁み込んでくる。

昼の光にしか咲かない花があるように、昼にしか見られないリシェの笑顔がある。

それを見られるだけで、ここに立つ意味があると思えた。


「ほら、これ。そろそろ柵がいる」

彼女が伸びた草の先を指差す。


「おう、こっちに準備してある」

俺はあらかじめ用意しておいた柵材に目をやる。

何を植えるかも知らず、いつ必要になるかもわからなかったのに――それでも残されていたものだ。

そう、あの頃ダリオが持ってきたやつだ。

庭のことに興味のなかった奴が、庭の管理人にふさわしいはずがなかった。

俺はだれが持ってきたかなんて言わない。切れた記憶は繋げたくなかった。


この城で、リシェは覚えること、初めて知ることが多すぎる。

意味のないこと、取るに足らないやつのことを記憶に留めることなんて――彼女には必要ない。

この出来事の間、カイルは寝込んでいます。これでダリオストーカー事件終わりです。

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