破滅の顛末
残酷描写があります。ご留意ください。
もう、これは俺の手を離れてからの話だから、伝え聞いたことになる。
軍法会議――それは俺が思っていた以上に大ごとになった。
兵舎の捜索によって、明らかにされたのは、あまりに雑な逃亡計画や、何に使うのか想像もしたくないような怪しげな物品。どこからか盗んだのか聖女の私物のいくつか。店舗や建造物を破損した。懇意にしていた女を捨てた。金を踏み倒したといった民からの訴えもあった。
上層部は特に怒りを募らせていた。
一度既に懲罰済みだった兵からこのような不祥事が出たことは、彼らにとって面子を潰されるも同然だったからだ。在らん限りの苦役をさせてからの処刑を、と声を荒らげる幹部もいたと聞く。
襲撃対象がアスティでなく、リシェリアだったことも何の減刑にもならなかった。そもそも国を挙げての任務を背負う聖女は、国賓に等しい扱いを受けている。
その聖女に剣を向け、さらには拉致を企てたとなれば、罪は国家反逆と同じ。極刑に値すると誰もが言った。
けれど――聴取の場で、リシェは温情を訴えたという。彼女らしいと言えば、それまでだ。
だが、そんなもので通常は覆るわけもない。それなのに、何故かその一言で死刑は免れた。
結局、判決は除隊と国外追放。舞い戻った事がわかればその場で処刑される、生きながら祖国に見捨てられる刑だった。
その後のダリオの行方は、誰も知らない。
これでこの事件はめでたく終幕を迎えた。
……いや、本当は知っている。
放逐された後、俺は奴を叩きのめして森の奥に捨てたから。
世話になった時期がまったくなかったわけじゃない。
だから別れくらいは告げてやろうと思ったし、二度と戻って来ないように念押しも必要だった。
国境の門を出されてしばらく離れた街道を、あてどなく歩き進む影の中に目当ての人物を見つけて、俺は凭れていた柵から立ち上がった。
「……セラン?」
ダリオは俺の顔を見た瞬間、もう楯突く気はなかったようで、凍り付いたように固まってくれた。
よかったよ、ちゃんと覚えていてくれて――恐怖の味を。
これで心置きなく、お別れができる。
内心でほっとしながら、ダリオに近寄る足を速める。
もう無駄な愛想も言葉も必要がなかった。
ダリオは顔色を変えて足をもつれさせて、一目散に森へ逃げようとする。
ここには俺を止める規律も罰則もない。そして誰も見ていない。武装も何もかも、取り上げられているあいつは逃げるしか術がない。
馬鹿だなあ。
森で生まれて森で育った。狩を習って犬と駆けた。ここは俺の庭なのに。
「やめ…やめてくれ!…もうしない!」
根に足を取られ、進路をふさがれ、退路をなくす。奥へ奥へと逃げていく。そうなるように俺が追い込んでいる。
そして悪い風の吹き溜まりのような空間にたどり着く。ひときわ黒い大きな木を背に、ダリオが吠えた。誰にも聞かれない叫びが木立に消えていく。
「だって俺が……選ばれたんだから。リーシェに…。でも諦めたんだよ!ちゃんとお前に譲るって…、ぁが」
最後まで言わせず、手製の短弓を撃った。
あまりにうるさいから、もう喋りたくなくなるように頬を打ち抜いて木に縫い留めた。
そして俺は、もう一度。足も手も、骨という骨を砕いた。
怒りをぶつけることも、暴力の興奮に嗤うこともない淡々とした作業。
僅かな血とあふれる涙の匂いが森に充満し、草葉や湿った土にまで染み込んでいく。
「リシェはお前なんて名前どころか、顔すら覚えていないよ。……お前を目の前で潰したことさえ、すぐ忘れる」
話しかけても聞こえているのか。
「俺は、名前くらいは覚えることにしてる。忘れないでいてやるよ。さよなら、ダリオ」
返ってくるのは哀願のような声にならない呻きだけ。
その後はただ、自然に任せるだけだ。
「じゃあ……早く見つけてもらえるといいな」
そう別れを告げて、その場から俺は背を向けた。
ここにはここまでの怪我を瞬時に治せるリシェはいない。
ダリオの運が良ければ、熊や狼や狐。肉食のやつらに見つかって早く還れる。
運が悪ければ…何日も苦痛の中で餓死するだろう。
最悪なのは――救助されることだ。
生き延びても、リシェほどの高位の癒しを得ることは出来ない。失われた体の機能を取り戻すことは不可能だ。
そして心が満たされることは二度とない。
自然の淘汰すらもあいつを見放すのなら――渇きながら苦しみ抜く人生を送るはずだ。
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再び、俺たちの庭にも平穏が訪れた。
静かな昼下がり。鳥の声が木立の上でさざめき、柔らかい風が枝葉を揺らす。
伸びた木立が幾重にも影を落とし、外からの視線を遮ってくれるようになってきた。
死角の中でだけは、アスティの邸宅の中のように、リシェに触れることができる。
「俺がいなくても、昼に来れるようになって良かったな」
そう言いながら、リシェの頬を指先でそっと触れる。
「うん、天気がいいと水やりとか心配だったから。よかった」
リシェリアがふわりと微笑む。その笑顔は、まるで日向のように心に沁み込んでくる。
昼の光にしか咲かない花があるように、昼にしか見られないリシェの笑顔がある。
それを見られるだけで、ここに立つ意味があると思えた。
「ほら、これ。そろそろ柵がいる」
彼女が伸びた草の先を指差す。
「おう、こっちに準備してある」
俺はあらかじめ用意しておいた柵材に目をやる。
何を植えるかも知らず、いつ必要になるかもわからなかったのに――それでも残されていたものだ。
そう、あの頃ダリオが持ってきたやつだ。
庭のことに興味のなかった奴が、庭の管理人にふさわしいはずがなかった。
俺はだれが持ってきたかなんて言わない。切れた記憶は繋げたくなかった。
この城で、リシェは覚えること、初めて知ることが多すぎる。
意味のないこと、取るに足らないやつのことを記憶に留めることなんて――彼女には必要ない。
この出来事の間、カイルは寝込んでいます。これでダリオストーカー事件終わりです。




